第9話 過去

 20××年 5月30日 20:30


 夕食を食べ終えた2人は対面に椅子に座りながら、昼時観た映画についてまた語っていた。


「もし、現実にあんな男がいたらどうする?」

「いることは別に何とも思わないけど、付き合いたいとか結婚したいとかはさすがに思わないかな」

「そうだよなあ。でもさ、俺たちはまだあんなふうに命を懸けられるほど恋愛どころか、一般的な大人の恋愛すらしたことがないわけだろ。結局、それを知ったら考えも変わるんじゃないか?」

「それは……そうかもね。てか、私はたしかに今まで付き合ったことないけど、あんたは人気あったし、そんなことないんじゃない?」


 山萩は高校時代の彼を思い出し、そう言葉にした。

 彼はその言葉に一瞬表情を険しくさせるが、すぐに柔らかくなり、返事をする。


「たしかに周りから見たらモテていたと思われても仕方なかっただろうが、誰でもいいってわけじゃないだろ」

「じゃあ、誰とも付き合ってないって言うの?」

「まあ、そういうことだな」


 彼の返事を聞いて山萩はわざとらしくため息をついた。心底呆れたようすで降参だと手で示す。


「あんたってどれだけ理想高いのよ」

「そんなんじゃねえよ」


 彼は視線を逸らし、表情を変える。それはとても寂しさに満ちていて、彼女はなぜか心がギュッと締め付けられるような痛みが走った。


「……なあ、おまえは今まで告白されたことあるのか?」


 まるで愚問だ。

 ティーン雑誌の表紙を飾るほどの人気モデルがモテていなかったわけがない。当然、彼女にも経験はある。


「なに? 私も誰とも付き合ってないから同じじゃないかって言いたいの?」

「いや、どうしておまえは付き合ってこなかったのかを聞きたくてさ」

「そんなの……まあ、いろいろあるじゃん」


 あからさまに歯切れの悪くなった山萩は彼同様視線を逸らし、気まずそうにする。それは彼女もまた難を持つ人間であるからで、部類でいえば彼とは違うが、他人にはそこまでしっかりと話せるほどの勇気をまだ持っていない。


「そういうことだよ。わかっただろ」

「うん、ごめん」


 そこから空気は重くなり、互いに時折目を合わせても言葉は出ず、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 20××年 6月1日(土) 4:20  


 久しぶりの3連休。その初日を気分悪く終えてしまい、また彼女を巻きこんでしまい後悔している彼はうまく眠りにつけず、独り酒を飲んでいた。


「はあ……」


 先程から幾度目かもわからない溜め息。

 彼に非があったかといえば特にどちらにもなかったと思うが、そんなときに自らを責めるのが彼の性格だ。


「あまり突っ込まない方が良かったか?」


 彼はあのときの山萩の表情が頭から抜けないでいた。悲愴な面持ちで触れれば今にも壊れてしまいそうなほど脆く見え、儚い女性はこれまで見えていた彼女のイメージとはかけ離れている。故に印象強く残ってしまう。

 なにがいけなかったのか。それは自らの質問。彼女にあるトラウマの断片に触れてしまった。それが全てを思い起こさせ、気分を害してしまったのだと彼は思い込んでいる。おおよそ間違いではないが。


「なにやってんだろうな」


 彼女の気持ちを事前に察することなどできないということはわかっているが、それでもなにかできたのではないかと彼の後悔は止まらない。

 高校時の彼女は気が強く、幾度も噂が流れた恋話にも動揺することなく対処し、全ての誤解を解いていた。2人とも角浦と仲が良かったため、山萩のその姿を男性のなかでは一番多く見てきたのが貝賀である。だからこそ、その固定観念からまさか彼女が恋愛に対してコンプレックスを持っているなんて想像ができていなかった。

 ただ思えば、自らに強い恐怖心を植え付けた本人でもある。そんな女性が一般的な男性に嫌悪感を抱いていることは容易に想像できたはずだ。


「まあ、なんにせよ俺が悪いんだよ……」


 相手を責めることなど彼の考えにはない。

 可能性をただひたすらに模索してそれでもなにも策を見つけられなければ、思い浮かばない自らの学のなさを卑下する。その姿は当然責任を押し付けることのない良心的な男に見えるだろうが、これは全て彼の自己満足だ。

 なにもかもを自らに着せることで相手が無事ならそれでいいという自己欲求を満たしているだけに過ぎない。結局のところ、先もいったようにそれが彼のイメージアップに繋がるのだが。

 いずれにせよ、こういったところから人気の高い彼だがこういうとき女性がどうすれば機嫌を戻してくれるか知っているわけではない。そもそもそれを知っていたならあんな発言をしないだろう。


「明日、どっか連れてくか」 


 安易だが無難でもある。しかし、今現在気まずい雰囲気にある2人が出かけるには初動から苦しいものがあるのも事実。それに気付いた貝賀はさらなる案を考える。

 山萩が好むものを買うというのも1つの手だが、プレゼントで満足する女ではない。そもそもプレゼントしたところで彼女であれば受け取らない可能性だってあるだろう。そんなもので簡単に機嫌を直すと思われたくないなどと言いそうだ。

 果たして何が正解なのか。再度悩み始めた彼に助け船がやってきた。


「まだ起きてたんだ」 

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