第11話 お出かけ
20××年 5月31日(日) 10:00
今日は山萩がこちらにいる最終日となる。
その思い出に三人と夕波マネージャーでショッピングモールへやってきた。
昨日言われた通り予定を空けていた貝賀は荷物持ちとして連れてこられているわけだが、特に文句を言うことなく角浦と山萩の後ろで夕波と歩を並べている。
「ごめんなさい、清恋さんのわがままに付き合って頂いて」
「別に構いませんよ。どれだけ過程が良くても終わりが悪印象のままだと気分も悪いでしょうから。それに俺自身、夕波さんとお話してみたいと思ってましたし」
「そうでしたか。私なんかで良ければいくらでも相手になりますよ」
「本当ですか? 付いてきた甲斐がありました」
素直に喜びを見せた彼の反応にそれなりの幸福を感じた夕波は自然と笑顔になり、気分良く話を続けた。
「貝賀さんは清恋さんのご友人なんですよね?」
「まあ、あっちがどう思っているかはわかりませんがそれなりには話す仲でしたよ」
「やっぱりああいう娘相手だと緊張しましたか?」
「うーん、見栄を張っているわけではないんですが、可愛い子だなとは思いましたけど、実際一目惚れしたとか心奪われたとかはなかったですかね」
「彼女さんがいたとか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。ただ単に恋愛に興味が無くてそういう感情が沸かないだけのしょうもない男だったんですよ」
思えばなぜか彼女の方から質問していたが、気にすることなく彼は答えた。
「なんだか凄いですね。かっこいいと思います、そういうの」
「もしかして冷やかしてます?」
「いえいえ、そういうわけではなくて、私が男の子だったら絶対気になってクラスまでその顔を見に行っていたでしょうし、清恋さんからそういう人がいたと聞いていましたから、クラスメイトだった貝賀さんからすれば毎日必然的に顔を見合わせるわけで、しかも仲が良かったとお聞きしていた分驚きました」
「たしかにある意味あいつと話せるほどの距離感を保てていたのはそのおかげかもしれません。あそこまで男を毛嫌いするようなやつでも気を少しは許してくれていたわけですから。男として見られていなかっただけかもしれませんが」
そんな冗談を交えながら楽しく談笑を続けていると、前を歩いていた山萩が振り向き、怒ったような表情で注意する。
「また誑かしてる。ダメだかんね!」
「別にそんなんじゃんねえよ。ねえ、夕波さん?」
「ええ、清恋さんが考えているようなことはなにもないですから安心してください」
「本当?」
「俺のこと疑いすぎだっての。それよか、さっきから歩いてばっかでどこにいくのか見当もつかないんだが」
なかに入ってから早10分。途中、雑貨なり、衣服なり、いろいろな店があった。そのどれにも立ち止まらず、彼女たちは歩き続けている。
目的地の知らない彼にとってそのこと自体は苦というわけではないが、そろそろ気になり始めていた。
「教えないに決まってんじゃん」
「どうしてだよ?」
「だって、教えたらあんた絶対付いてこないだろうから」
「ああ? それってどういうこと──って、おまえ、もしかして」
そこまで続けた貝賀は彼女の先にある看板の文字が目に入った。店名が記されているそれに彼は確かな既視感があり、とくに角浦との会話のなかで聞いたことのある名であった。
「さすがに気付いたかな。そう、今から行くのは女性用下着専門で販売してるブランド店だよ!」
からかうように嫌な笑みを見せる山萩に嫌悪感を抱きつつ、彼はここから先に足を運ばないようにするにはどうすべきかを必死に考え始める。
角浦に話を振ったところで恐らく彼女は承諾済みだろうから変更はないと選択肢から取り除く。角浦の気を変えるという手もあるが短時間ではさすがに説得は無理だろう。そうなると自然に選択は絞られ、残った人物は一人。夕波だけであった。
「夕波さん、さすがに俺が一緒に行ってなかに入るのは世間体として不味いと思うんです。ですから先程言ったようにお話がしたかったので良ければ彼女たちが下着を選んでいる間近くの喫茶店でお茶でもして待っていませんか?」
時間が残されておらず、早口に伝えた彼の切迫感はどうやら夕波に届いたようでちらと山萩の方を確認してから返事をする。
「えっと……わかりました。そうしましょう」
「ちょっと! 今、アイコンタクト送ったのに!」
わざとらしく怒ってみせた山萩はそこまで強引でもなさそうかと思われたが、引く気配なく彼の手を掴み、勝手に逃げ出さないよう離さない。
しかし、たとえ相手が仕事の相棒とはいえ、優先すべき人間の判断をしっかりと考える夕波の意見はそれでも変わらずだ。
「す、清恋さん、このままここで立ち止まっていると、男の貝賀さんがいらっしゃいますから注目されちゃいますよ。ほら、今通った女の人もこちら見てましたし」
もとより女性3人と男1人という時点で時折周囲には見られていた。それが喧嘩というほどではないが内1人の女が男の腕を掴み、残りの内の1人と何か話していればトラブルでも起きてしまったのかと誰でも気になってしまうもの。
それに気付いた山萩はさすがに身バレを避け、掴んでいた手を離して距離を取る。
「今回は仕方ないけどまた今度買い物に付き合ってもらうからね!」
「あ、ああ」
山萩はほんのすこし拗ねたような言い方でそのまま角浦の腕を掴み、足早に店内に連れて行った。
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