第12話 ふと失態

 残された貝賀と夕波は数秒の沈黙の後、彼の言った通り喫茶店に入っていき、アイスコーヒーを2つ頼んで席に座る。お会計は貝賀が場を治めてもらったお礼として払った。


「ありがとうございました」

「いえいえ、清恋さんはたまにああいうことを起こすので対処には慣れていますから」

「そんなにわがままというか、迷惑かけてるんですか?」

「むしろ逆ですかね。迷惑をかけないように普段は意識して気配りしてくださいますから、時に溜まった不満を吐くときは自分勝手になってしまうんだと思います」

「なるほど」


 想像はしていたが、やはり真面目に仕事に向き合っている山萩に彼は感心した。

 先程の質問も高校時代から何事にも真剣であった彼女がそんなことをするなど信じられないという思いから不意に出たものでそうであってほしくないという確認のようなものだ。


「あの、先程のお話の続きなのですが私ばっかりが質問してしまっていたので、貝賀さんが私にお聞きしたかったことを話していただいてもよろしいですか?」

「聞きたいことといってもあいつのことなんですけど、ここから話すことはあいつに話さないって約束してくれますか?」

「当然ですよ。わざわざそんなことしませんから大丈夫です」

「わかりました。それじゃあ、俺が気になっていたことなんですけど、夕波さんがマネージャーに就いたときからあいつは人気モデルだったんですか?」


 貝賀は先日のことを聞き出そうとする。彼女の何かを知ることで救いになれるならばと思い、彼なりに考えた結果だ。


「そうですね。元は別の方が担当していましたが、入所当時から事務所内でも期待されていました分仕事も多く引き受けていたと思います」

「それって業界内では特殊なケースだったんですか?」

「いえ、特殊というほどではありません。こういういい方はあまり良ろしくないとは思いますが、誰だって金の生る木を早く育てたいものでしょう」


 つまり、彼女が周囲から陰口をたたかれていた運だけでのし上がったというのは全くの事実無根というわけだ。それを知ることが出来た彼はなにより安心した。もし、ここで本当に運が重視されるようなことがあったとすれば、彼女の味方をすることさえできない。特に今後彼女からそういった話をされる予定があるわけではないが、備えあれば憂いなしだ。


「それだけ推されていると周りからは疎まれていたんじゃないですか?」

「まあ、仕方ないというしかないですね。彼女もそれはわかってくれていますし、多少の我慢もしてくれているんですけど、たまにさっきいったわがままが起きるのはそういったことが原因でしょう」

「なにか嫌がらせを受けているとか?」

「さすがに名は出せませんし、誰とは言わずとも事務所のイメージダウンに繋がるので詳しくはお教えできませんが、どこにでもあるようなそれとはプライドが高い分はっきりと違うと解釈して頂ければ」

「そうですか……」


 詳細を知りたかった貝賀は残念そうに肩をがっくりと落とした。

 担当している人間を真剣に心配してくれている彼のそんな姿を見て夕波はたしかに心が痛くなる。しかし、ここで甘えさせるわけにもいかない。やすやすと内情など話すわけにもいかず、すみませんと小さく呟くしかなかった。


「いえ、それは仕方のないことですからお気になさらないでください。じゃあ、次はあいつの仕事以外でのことを教えてもらってもいいですか?」

「え、ええ」


 空気を悪くしないよう素早く話を切り替えた彼につられ、彼女も意識を変える。


「俺は高校のあいつしか知らないので先日2人で話した際にいろいろと気になることがあって、夕波さんがわかる範囲で大丈夫なので教えて頂きたくて。あいつってモデル仲間と遊ぶことはあるんですか?」

「恐らくですが、私の知る限りではないと思います。先のこともありますから」

「じゃあ、基本的に独りってことになりますよね」

「実は私自身、プライベートでも清恋さんとは仲良くさせて頂いているので、どこかに出かけるのであればほとんどは私と一緒だと思いますよ」

「なんか意外ですね。そういう間柄だとは思っていませんでした」


 2人の関係性に驚き、素直な感想が口から出た。彼の想像では一人でいるために基本外には出ず、自宅で映画でも観ているものだと思っていたが、友人はいるようだ。

 貝賀はそのことになにより安心し、ほぅと息を漏らす。仕事仲間でもある夕波とであれば、そうそう関係が壊れることもないだろうと。


「ちなみに夕波さんってプライベートでもそんな感じで話すんですか?」

「さすがにそれはないですよ。敬語も使いませんし、呼び名も違います」


 あまりにもおかしなことを聞いてきたことについ笑いが込み上げてきた彼女は笑みを隠そうと口元を手で覆うが意味はなく、彼もそのことに怒ることはなく、むしろ自分のバカさ加減を露呈してしまったことに顔を赤くした。


「そ、そうですよね。でも、凄いですよ、そこまでちゃんとわけられるって」

「最初は意識してましたけど、慣れてくると自然とそうなっているものですよ。身体が覚えてくれるので」

「俺には到底できそうにないです。まあ、なんにせよ、あいつと仲の良い人が一人でもいるみたいで良かった」

「清恋さんから聞いてはいましたが本当にお優しいんですね、貝賀さんは。そんなことを気にしてあげられるなんて」

「あいつがそんなこと言ってたんですか?」

「あっ、いえ、まあそうなんですが、今のことは清恋さんには内密にお願いします。そのことは言うなと口止めされていましたので」


 わざとらしく焦る様子を見せた彼女は顔を寄せて口先に人差し指を立て、静かにというような形を作る。

 頷いた貝賀は学生時代に自らを責めていた手前、そんなことを面と向かっては言えないのだろうと察した気になり了承した。


「話を戻しまして、他になにか聞きたいことはありますか?」


 そこからは両者が気になっていたことをいくつか問い、答えてもらうという繰り返し。途中、笑いあったり、熱く語り合ったりと2人にしかわからない話で盛り上がった。その姿は夕波がスーツ姿のため恋人同士には見えないものの仲睦まじい姉弟のようで、買い物を終え迎えに来ていた角浦と山萩からすれば、すこし嫉妬が生まれるほど。


「あの、そこの仲良しお二人さん、もう買い物は終わったので早くここからでて次の店に行きましょう」


 山萩が軽めのジャブをいれて威嚇する。

 夕波はもとより彼と交流を一定以上深くする気はないので席を立ったが、貝賀は頼んだばかりのコーヒーがあり、容器に入っていたが急かされ一気に飲み干そうとした──


「あっ、それ新しいブレンドのやつじゃん。ちょっと頂戴」


 ──が、山萩の目に留まり、その手を掴まれ容器を取られる。

 そのまま何も気にすることなく彼女はストローに口をつけ、期待を込め吸い上げた。


「……」

「どうした?」 


 数秒前まで笑顔だった表情が無になり、徐々に渋くなっていく。

 彼は苦かったのだろうと察し、ひとつため息をついてから注文レジまで行き微糖のものを買うとそれを彼女に渡した。 


「ほら、これで口直ししろよ」

「あ、ありがとう」

「苦いの無理なら最初に言えっての」

「うぅ……」 


 言い返しようのない注意に大人しく従い、3人の後に続いて店を出ていった山萩は申し訳なさそうに謝った。 


「別に飲んだのは構わないけどあまり目立たないようにしてくれ」

「重ね重ねごめん……」


 しゅんとなる彼女は彼に悪印象を残してしまったと後悔する。

 なんとかここから好印象を取り戻そうと心のなかで意気込む彼女であったが、残念ながらゲームオーバーだ。新幹線の時間が迫ってきてしまった。本日は夜に事務所で仕事があるため、この便を遅らせることもできない。

 その旨を事前に知らされていた貝賀たちは見送りに駅までついてはいったが山萩は多く話すことが出来ず、彼は夕波とばかり話していた。


「それじゃあ、またね」

「短い間でしたがお世話になりました。またお会いする機会があればその時はよろしくお願いします」


 改札を通る前、最後の別れを告げる。

 貝賀も角浦も表情は明るくこの1週間を楽しめたように見える。だが、山萩はそれでも最後の出来事が失敗で終わってしまうのが嫌で二人に近付いていくと写真を撮ろうと誘った。


「いいんじゃないか。思い出になるだろうしな」


 彼からそんな返事をもらえたことに嬉々となった彼女は笑顔で2人の間に入り、スマホを高く構える。しかし、自撮り棒を使うと多少なり通行人から見られるからと持ってきていなかったので画面にうまく収まらない。それを見かねた彼は彼女のスマホを取り、構えた。

 そのとき触れた手の温かさに意識を持っていかれ、彼の合図に気付くのが遅れてしまった彼女が上を向いた瞬間シャッターが切られる。その結果、見事に一人だけ口を開けた事故画像が出来上がってしまった。


「あ、ちょっともう1回お願い」

「清恋さん、さすがにそろそろ乗らないと。早くしてください」

「えっ、でも、まだ2人で──」

「ダメです。ごめんなさい貝賀さん、角浦さん、あたふたな感じでのお別れになってしまいますがこれで失礼します」 


 丁寧に2人に頭を下げた夕波は掴んでいる山萩の腕を引っ張るように連れて行く。

 その姿を苦笑を浮かべて見送った2人は姿が見えなくなるまで見送り、この1週間のことを振り返りながら家に帰った。

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