第13話 悪戯

 20××年 5月31日(日) 13:00


 新幹線になんとか間に合った2人は予約しておいた席に座り、ひとまず腰を落ち着かせる。

 安心感に息をついた夕波のことを睨み、唇をムッとさせている山萩は拗ねているようだ。想定していたため対処しようと夕波は口調をプライベートのものに変え、話しかける。


「仕方ないでしょ、ギリギリだったんだから」

「そうじゃないじゃん。1枚ぐらい撮る時間はあったのに」

「そうかもしれないけど仕事には遅れられないんだから、ごめんだけど我慢して」

「それはわかってるけど……」


 彼女が今日のみならずこの一週間をどれほど楽しみにしていたかを夕波は知っている。貝賀たちから許可をもらったときから実際に会うまでの間、山萩が高校時代の思い出話ばかり夕波に話していたからだ。だからこそ、彼女自身もできるものならそうしてあげたかったが、仕事は待ってくれない。

 ここは年上としてしっかりと言ってやっても良い場面ではあるが、彼女はあまり人に対して怒るタイプではない。それにご機嫌斜めになったときのために用意しておいた秘策がある。


「どうせ、喫茶店でのこと気にしてるんでしょ。宏一くん困ってたものね」

「うっ」

「図星か。まあ、あれは私でも面倒だなこいつって思うだろうなあ。自分の分を勝手に飲むし、さらに新しいの買う羽目になるし、迷惑極まりなかったものね」

「うぅ……」

「唯一の救いだったのは宏一くんが潔癖とか気にする子じゃなかったことね。まあ、そういう雰囲気はなかったから大丈夫だろうとは思ってたけど、もしダメな子だったら本当最悪だったよ、あれは」


 畳み掛けるように先のことを掘り返し、山萩の心に矢を突き刺していく。

 既に重傷を負ってしまっている彼女は何も言い返すことが出来ずにただただ身を縮こまらせるしかない。現状、話の主導権は夕波が持っている。


「あのあと宏一くんが清恋とあまり話さなかったのも、怒っているわけじゃないだろうけど嫌だなとか思われてたり」

「も、もうその辺にしてよ。私が悪かったから」

「本当にそう思ってる?」

「思ってる! それ以上言われたら心折れそうだからお願い」


 手を合わせ頭を下げる山萩を見て夕波は満足したと言わんばかりの笑顔になり、顔を上げるよう言う。それから仕上げに山萩の機嫌がよくなる最終兵器を繰り出す。


「仕方ないなぁ。じゃあ、私から宏一くんにLINE送っておくわね」

「えっ、今なんて?」

「清恋の知らない宏一くんの携帯番号とLINEを知っている私が代わりにそのときはごめんねっていうメッセージを送っておいてあげるって言っただけよ」

「えっ、えっ、なんで静がそれ知ってるの? ていうか、さっきからあいつのこと名前で呼んでるのも気になるし、私たちが買い物してた間になにしてたの?」


 これが夕波の持つ何よりも山萩に効果のある手段だ。

 喫茶店での会話中、一度話が切れた際、これからまた時折話がしたいと貝賀から言われ、彼女自身も山萩が休みの間にこちらに遊びに行ったときの緊急連絡用として知っておきたいと考えていたため、アドレス類を交換していた。

 当然そんなことを知らなかった山萩は驚き、言及しようと前のめりになる。


「本当は最後に聞こうとしてたのになんで? なんで?」

「うるさいし、近い」


 彼女は身体を押し返され、椅子に落ち着いてからも肘置きに手を乗せ返事を促す。


「社交辞令みたいなものよ。あっちが了承してくれたから交換しただけ。まあでも、個人情報だから清恋に教えることはできないけど」

「なんでそんな意地悪するの! いいじゃん教えてくれても! あいつ新しく携帯変えてから登録してなかったんだよ!」

「その前垢にずっとメッセージ送り続けて既読つかなくて嫌われたとか泣いてたっけ」

「そ、それは半年も前の話でしょ!」


 当時を思い出した夕波はわざと笑みを浮かべて煽る。

 貝賀たちとの交流のなかでこういう姿を見せてはいなかったが、これが素である。彼女の切り替えの早さ、集中力は素晴らしく、基本ボロは出さない。もし、会話のなかでミスがあったとしたら大抵が意図したものだろう。実際、貝賀に山萩の言葉を教えたのもそうだ。


「本当静って嫌な女! そんなんだから彼氏に捨てられるんだよ!」

「何とでも言っていいけど、今、ムービー撮ってるからこれを宏一くんに送れば全部知られちゃうけどいいの?」

「えっ、それはダメ!」

「でしょ?」

「でも、知りたいのは知りたい」

「じゃあ、条件があるわ。教えることとムービーを消しておくことで二つね」

「仕方ない」

「あれ? 別に教えなくても送っちゃってもいいんだよ?」

「ご、ごめん、条件は守るから教えてください!」

 

 必死に懇願する山萩。

 限りない優越感に浸る静はこれ以上甚振れば彼女が泣き出してしまいかねないので、焦らすことなく条件を伝えた。


「じゃ、じゃあ、その二つを守ればいいんだよね?」

「そう。これからの仕事全部に今まで以上に真剣に向き合うこと、それともし告白したり、されたりで付き合うならちゃんと何より先に私に報告すること、いい?」

「うん、絶対に守る」


 大きく頷いた彼女の表情は真剣で適当に返事をしているわけではないと夕波に届く。それによって安心した夕波は彼女に貝賀の連絡先を教え、彼にもそのことを伝え、了承を得て事は済んだ。

 それから現場に着くまでの間、山萩はずっと彼とメッセージのやりとりをし続け、時には笑顔になったり、時には悩んでいるような素振りを見せたりと感情豊かにスマホとにらめっこしていた。

 その姿を見た夕波は優しく微笑みを浮かべる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る