第17話 両想い

 20××年 6月12日(日) 12:40


 あれから落ち着きを取り戻した彼女はわざわざ感謝を伝えることはなく、いつも通りに話しかけ、彼もそれで満足していた。これは彼女なりの配慮である。 


「さてと、ちょっとお腹空いてきたし、何か食べよう」

「それもそうだな。このなかで食べるか?」

「うん。軽いほうがいい?」

「これからアクセサリーを見に行くならその話もしておきたいから、軽めで頼む」

「じゃあ、あそこなんてどう?」


 それは図ったかのようにあった。

 店頭には看板が立てられており、そこにはカップル限定という文字が。

 

「策士かよ」

「褒めてくれてありがと」

 

 嫌味にウインクをした彼女に逆らうことはできず、連れられるがままに店のなかに入っていく。


「いらっしゃいませ!」


 にこやかな笑顔とマニュアル通りの言葉で迎えられた二人は一連の流れで席まで案内される。座ると店頭にあった看板の説明が始まった。


「現在実施されているキャンペーンですが、恋人限定のものとなっておりまして、ご利用なさいます場合多少のご確認をさせて頂きますがいかがなさいますか?」

「それでお願いします」

「かしこまりました。それでは彼氏さんのほうにご質問良いですか?」

「大丈夫です」


 偽装する者がこれまでにいたために確認する店員がポケットの中からメモ帳を取り出す。それを角浦に見せた。


「このなかから彼氏さんがお答えできるものを2つお選びください」


 4つの候補が示される。

 生年月日、好物、嫌いなもの、二人の思い出の場所。

 恋人であれば知っていて当然のことだらけ。ことこの二人に関して言えば、同棲すらしているのだ。そんなものは簡単にクリアしていく。


「ありがとうございました。お品物をお持ちいたしますので少々お待ちください」


 店員が去っていくのを確認すると二人は話し始めた。


「そういえば、アクセサリーって何が良いとかはあるのか?」

「ううん。一つだけでいいから今日買った服に合うなんて気にしないで二人だけで過ごすときにつけるためのものを選んでほしい」

「そっか。じゃあ、さっきより真剣に考えないとな」

「楽しみだね」


 ほんのすこし微笑んだ彼女は愛らしく、それでいて大人びた優しさも兼ね備えていた。


「そうだ、それなら俺のを絢奈が選んでくれないか?」

「うん、そうしよう」


 そのタイミングでパンケーキが運ばれてくる。

 二段に重ねられたそれにはストロベリーソースとヨーグルトソースがかけられ、小さくカットされた苺が添えられていた。いかにも可愛らしいデザートといったところだ。


「こういうの写真撮るべきなのかな」

「べつに無理に撮らなくてもいいだろ」

「同級生の女の子はこういうの撮ってネットにあげるでしょ。そういうの私しないから女子力ないとか言われて……」

「そんなこと気にしてたのか。女子力なんて今更だろ。家事をしてくれるだけでも十分すぎるのに」

「知ってた。宏一ならそう言ってくれるって」

「なんだそりゃ」


 ごく普通の会話だ。それすら二人には新鮮に感じる。

 恋人のような関係。誰でも夢に見る幸せの形。

 それを普通だと感じられていないことに問題ありといったところではあるが、些細なことに発見と喜びがあるのは良いことだろう。

 普段は見せない自然な笑顔は確かに二人のものである。


「さあ、食べよう」

「うん」


 小さく切られたパンケーキを口に入れ、頬が蕩けたかのように甘さに悶える彼女を見つめる彼は静かに構えていた携帯のシャッターを切った。


 スイーツ店で小一時間ほど話をしたあと、最後の目的であるアクセサリーショップへ向かう。

 店内は煌めき、目がちかちかする。


「宏一にはペンダント選ぼうかな」


 角浦は一人で先に行き、彼にプレゼントするためのものを探し始めた。

 なにを買ったのかバレない為に彼は候補のなかからネックレスを外して、彼女につけてほしいものを考える。

 そもそもこれまで意識したことがなかったために、普段彼女が身に着けているものを思い出す。そうしながら店内をうろついていると案の定店員が話しかけた。


「お客様、なにかお悩みでしょうか?」

「ああ、いえ、恋人にあげるためのものを探しているんですが……」

「そのようでしたらペアルックのものはいかがでしょう?」

「すみません、相手からももらうのでそういうものはやめておきたいんです。それにまだどの装飾品をあげるか決めあぐねていて」

「なるほど、でしたらあちらに誕生石に合わせてつくられたものがございます。一度ご覧になられては?」

「たしかにそれはいいですね。ありがとうございます」


 店員の指さしたほうに行くと各月の誕生石が並べられており、二人の誕生石であるダイヤモンドも置かれていた。

 その周辺には各種類別にスペースが設けられ、彼は4月のエリアを眺める。値は当然張るものが多く、また適度なものでないと重く感じられるものでもあるため、慎重に選別を始めた。

 一方で角浦はトップにつけるものについて悩んでいた。


「宏一はシンプルな形が好きだろうなぁ」 


 数多く飾られているそれは形の凝ったものからシンプルなものまで幅広くある。誰のどのような希望にも応えられるように工夫されているのだ。だからこそ、彼女も選びやすくすぐに彼に似合いそうなものを見つけられた。


「あの、すみません」 


 近くにいた店員を呼び、ケース内にあるひとつのリングを指さして問う。 


「これに刻印ってしてもらえますか?」

「はい。可能ではございますが、後日こちらに取りに来ていただくか、お客様がよろしければ配送という形になりますので、お時間がかかりますが」

「それは大丈夫です」

「では、刻印の詳細についてお話しさせて頂きますのでどうぞこちらに」


 店員に案内されるがままに進み、部屋のなかに入るとまた別の店員が既に先ほど彼女が買おうとしていたリングを用意した状態で待っていた。


「どうぞ、おかけください」

「ありがとうございます」


 密室という状況に緊張感を覚えつつ、彼女に続いて席に座った店員の説明に耳を傾ける。

 刻印可能な種類や製作に必要な日数など、書類と共にスムーズに決まっていき、20分弱で全てのことを決め終えた。


「それでは6月19日、16時から18時の間にご記入の住所宛に配送させていただきますのでお待ちください。期日までの納品が間に合わない場合はお詫びとして一定額の返金をさせて頂きます。また、不備等ございましたらこちらに記載されております電話番号までご連絡ください」

「わかりました。ご丁寧にありがとうございました」

「こちらこそ、ご理解のほど感謝します」


 互いに頭を下げたのち、彼女は部屋から出ていった。

 そこには既に買い終えていた貝賀が待っていた。


「おまたせ」

「あれ、何も持ってないみたいだけど」

「宏一こそ何も持ってないけど」

「なんだ、やっぱり考えることは一緒ってことか」

「そうみたいだな」


 実は彼もまた刻印の為、つい先ほどまで話をしていたところであった。

 二人の求めたものは違うが、想いは共有できていたのだろう。


「じゃあ、帰ろっか」

「そうだな」


 最後に店員に挨拶をして店を出た二人はそのまま帰路に就いた。


「ねえ、今日、どうだった?」

 

 まだ日の出ている時刻。すれ違う人々は手を繋ぐ二人をちらちらと見ながら通り過ぎていく。彼としてはあまり見られるというのは好まないが、彼女が恋人だと感じている証拠だと言うものだから、なるべく気にしないように話を続ける。


「もちろん楽しかったよ。考えてみると今日したことを今まではどうしてしてこなかったんだろうって思った。まあ、そこは絢奈の気遣いなんだろうけどな」

「そんなのじゃないよ。普段は自分のなかで決めたルールに従ってるだけ」

「それでも結果俺は気分よく毎日を過ごせているわけなんだから、感謝しかないさ。ありがとな」

「言葉でもらうのもいいけど、あとで身体で返してね」


 ぐっと腕を引き寄せた彼女は背伸びをして彼の耳元で囁いた。

 その瞬間、周囲がざわつく。

 恥ずかしさに珍しく彼女を離して距離を取った貝賀の顔は赤い。対して、その反応を見た彼女の頬も紅潮している。


「あのな、そういうのはやめてくれ。バカップルだとは思われたくないんだ」

「わざとだよ。面白い反応が見れて良かった」

「はあ……」


 これまでにない感情。疲れているのにそんなことをしてくる彼女が微笑んでいるのが愛おしい。

 表では嫌がっていてもそこまで悪くは感じない。


「ほら、行くぞ」

「はーい」


 だからまた、二人はその手を取り合った。

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