第14話 約束

 20××年 6月7日(日) 13:00


 昨晩、山萩が先週まで滞在していたため溜まっていた角浦の欲情が爆発し、激しく営んだために起床が遅くなった貝賀は未だ気だるさの残る身体を無理に起こし、リビングへと向かう。

 規則正しい生活を送っている角浦は既に目は覚ましており、2人分の昼食をつくり終え、テーブルに並べていた。


「おはよう。今から起こしに行こうかなって思ってたんだけど、大丈夫みたいだね。一応、寝起きでお腹に量は入らないだろうから雑炊と昨日の残りのたくあんで十分でしょ?」

「ああ、問題ない。というより、つくってくれてありがとう」

「そんなの今更でしょ」

「いやでも、やっぱり毎日美味しくて健康的な飯食えるのって幸せだなって思ってさ」

「どうしちゃったの突然。改めて言われると恥ずかしいから早く顔洗っておいで」

「あいよ」


 まるで仲睦まじい夫婦のような会話を交わし、見ている側を熱くさせる二人であるが、貝賀が部屋を出ていくと角浦は表情を暗くして俯いた。


「そんなこといって、私のこと好きになってくれないくせに……」


 彼女にはわからない。高校時代から唯一彼のことで理解が及ばない部分である恋愛観。

 恋愛がわからないということだけはどうしてなのか、未だにその理由を聞けないでいた。それはもしその答えに未来がなかったとき、自らのこれまでの努力が全て泡となることへの恐怖が拭えないからであり、ある意味彼のことを信頼しきれていない部分が心の奥底にあるからで、いざ口にだそうと挑戦したことはあれど叶ったことはない。


「ここ1週間は清恋と頻繁に連絡取り合ってるみたいだし」


 連絡先を知った山萩は毎日時間を決めて貝賀とやりとりをしている。それは彼女が自身に制限をかけることで彼に迷惑をかけないよう配慮してのことではあるが、当然角浦にとっては迷惑でしかない。加えて、自らの恋情をよく知る山萩という点がなにより気に入らないでいた。

 彼女は自分の味方ではないのか、あれほど応援してくれていたにも関わらずどうして今になって横槍を入れてくるのか、角浦には理解ができない。だが、山萩に彼と連絡を取り合うのを控えろなど恋人でもないのに言えるはずもなく、ただ毎日何を話しているのかは知らないが2人のやりとりを遠目にみることしかできないことにたしかな苛立ちを抱えている。

 それを解消するために昨晩は身を絡ませたというのにすぐに怒りは蘇り、それまでより強く感じてしまう。また、同時に不安と自身に対する情に惨めになり、なにもかもが嫌になっていた。


「それじゃあいただきます」

「はい、どうぞ」


 それでも彼といるときは笑顔を装ってしまうわけだ。飯が美味いと褒められれば喜び、キスをされれば身体は求め、繋がりを感じれば涙が出るほど幸せを感じる。

 それが彼にとってただの都合の良い女になってしまってはいないかと心配が止まらない。現状に甘えすぎているのではないか、どこかで彼に再度本当の気持ちを聞かなければならないのではないかと考えれば考えるほど、悩みは増えていく。故にその良い機会を見いだせずにいた。


「ねえ、今日もバイトはないよね?」

「どうしたんだ今更なこと聞いて。どこか行くか?」

「うん、そうしたいんだけどいいかな?」

「わざわざそんな確認なんて取らなくても絢奈が行きたいならついて行くよ」

「そっか、ありがとう」


 こういう彼の無意識な優しさが心に刺さっていく。

 彼女は静かに拳を握り、感情が交差して訳が分からなくなり泣きたい気持ちを抑えながら食事を進め、彼が仕度のために部屋に戻ったのを確認してから箸を止める。それでも涙は見せず、小さく大丈夫大丈夫と言い聞かせるように呟き、落ち着きを取り戻してからまた手を動かした。


「そうだ、どこに行くのか聞いてなかったけど、なにか必要なものはあるか? もし、どこかで買うつもりなら今のうちに行っておくけど」

「ううん、大丈夫だよ。ただ、日帰りだけど遅くなるかもだから身体キツイなら無理はしないでね」

「それは気にしなくていいよ。じゃあ、準備しとくから食べ終わったら食器運んどいて。洗っておく」


 扉から首だけを覗かせていた貝賀は言い終えるとまた部屋に戻っていった。

 今日2人が行くのは思い出の場所。過去に戻り、当時の淡い心を思い出したくて角浦は昨日のうちに連絡を済ませておいた。

 ただ貝賀は言及しなかったがおおよその予想は出来ている。前提として2人が訪れたことのある場所、そしてここ1週間で自分がスマホを触って誰かに連絡を取っているときにチラチラと感じる視線。

 特定の人物以外への興味はあまりないように思える角浦がそこまでして自分とその相手のことを気に掛ける理由は恐らく、ずっと変わらず持ち続けてくれている恋情に関するものだろうと。

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