第23話 秘め事
20××年 6月25日(土) 0:40
アルバイトから帰った貝賀はリビングでいつものように帰りを待ってくれている角浦にただいまと一言だけ述べて自室に入っていく。
これまでであれば就寝前に風呂で必ず身体を流していたために疲れているのかと気になった彼女はその後を追う形で部屋に入っていった。
「どうした?」
ベッドに横になっているかと彼女は思っていたが、それとは裏腹に貝賀は机に向かい、手紙を広げているところであった。
「ううん、大した用じゃないんだけど、それ、おばさんに?」
「あ、ああ、まあな。母さん、携帯うまく使えないからこっちのほうがいいかなって。交換日記みたいで懐かしいし、面白いだろ」
「……そうだね。ごめんね、邪魔しちゃって」
「いや、そんなことはないさ。それより、用事はいいのか?」
「うん、今日、湯浴びしなかったから疲れてるのかなって思ったんだけど、何のためだったか分かったからもう大丈夫」
「心配してくれてありがとう。これ書いたら風呂は入るから先に寝てな」
「そうする。おやすみ」
「おやすみ」
想いのある特定の人物がパターン化された行動から逸脱すると不安になる現象は誰もが味わってきたものであろう。恋する者なら尚更だ。
なにかあったのかという曖昧な疑問から、気になる人物が現れたとか異性にイベントに誘われたのではだとか、そんな勝手な想像がいつの間にか大きく膨れ上がっていく。
それは角浦も違わず、また、5年も共に過ごしたことから分かる貝賀の癖を見破っているからこそ、自室に戻った後も悩みは消えないでいた。
「大腿を指で叩いてたな……」
学生時代、相手のこともあり、告白のことを他人に喋らなかった貝賀がいつも角浦の質問に答えるときつい出てしまっていた癖である。
普段くだらないことで嘘をつかないために印象強く、角浦の記憶に残っていた。
「嘘をついてでも隠そうとしてるってことは、多分、おばさんに関することじゃなくて、本当の手紙の宛主だよね」
誰かいるわけではなく、自問自答の形で考察を続ける。
「でも、どうして手紙なんかに書いてるんだろう」
今時の主流はなんでもSNSだ。
社会人でさえ、上司との連絡をそれで取り合っている。多少なりの意思疎通の難しさはあるが、手っ取り早く正確性に長けている面がやはり報連相の社会では役に立つ。
それに対して相手に届くまでの時間もおおよそでしかわからず、返事も遅く利便性に欠ける手紙で送るメリットがわからない。
そこに行き詰まった角浦は結局のところ、相手がおばさんのように携帯を使わない人であるか、貝賀の連絡先を知らない人物であるかの2択に絞り、可能性を導き出す。
「ひとつは、前の清恋のように携帯が壊れてから連絡先の交換が出来ていない同級生。ふたつめは、何かのトラブルで急遽向かえなくなった先生の結婚式への出席の取り消し……とか?」
疑問符を付けてはいても、答えは返ってこない。
ただただ謎が深まるばかりで納得のいくものが思い浮かばない角浦は、本人に聞くわけにはいかないため、何か知ってはいないかと山萩に連絡をする。
「急に電話かけてきてどうしたの?」
「ごめん、お仕事中だった?」
「ううん、今は大丈夫。それでなんの用?」
「清恋が分かる範囲でいいんだけど、宏一が今でも仲良くしてる友達って誰か分かる?」
「それは絢奈の方が知ってると思うけど。私自体、連絡先すら前まで知らなかったわけだし」
「そっか、わかった。ごめんね、夜遅くに」
「ううん、また何かあったら言いなよ。相談ぐらいには乗るから」
「ありがと」
通話を終え、言われてみれば貝賀が誰かと電話してるところなんてほとんど見たことがなかったことを思い出し、可能性を1つ消す。
残ったものを確認するために先生の連絡先を開き、また電話をかけた。
「もしもし、先生ですか?」
「おお、角浦! 電話かけてくれるんだな」
「すみません、あの日以降は何もお話しできなくて」
「いや、それはいいんだ。で、今日は何用か?」
角浦は貝賀との一連の流れを全て話し、自分の考察の答えと先生の考えを教えてほしいと言った。
浅木は教え子の相談を無下にすることはしない。しっかりと伝えるべきことを1つずつ教えていく。
「まず、取り消そうとしているという旨の連絡は届いていない。それにわざわざ手紙で送らんでも連絡先を知っている今はすぐに伝えられるんだからその可能性は殆どないだろう」
「やっぱりそうですよね」
「次に、角浦自身、心配のしすぎなんじゃないか。べつにお前に見られたくないからといってそれが女関係であるかどうかもわからないんだから。たしかにおまえが貝賀の恋人なり、妻であったらその気持ちは痛いほどわかるが、そうじゃないだろ。過剰な圧はただの迷惑だ。おまえがあいつのことを愛していたとしてもそれが正義じゃない。それをしっかりと念頭に置いておけ」
「……はい」
「それにだな、あまり期待させるようなことは言わない方が良いのだろうが、その相手がおまえの可能性だってあるだろ。手紙の内容を見られてはいけないのは何より当人だ。おまえに全くの心当たりがないとしても現状、それが唯一の検証ができない選択肢だ。なにも卑下するようなことはないさ。あいつを信じて待ってあげな」
「わかりました。ありがとうございます」
「あいよ。またいつでもいいから電話かけてこいよ」
「はい。それでは失礼します」
考えもしなかった可能性。
どうして自分をそこから外していたのだろうかと落ち着いて考えてみれば、これまでのことすべてが要因だとわかる。振り向いてくれない貝賀に対して、どこか自分にはもう興味がないのではという疑念が生まれていた。ただの身体を安売りする都合の良い女として見られていたのではないか。そう自分自身が思ってしまっていたのだと気付いた。
「そんなんじゃ宏一を振り向かせるなんてできない」
怯える心に油を注ぎ、火をつける。
たとえその先に待つものが闇であろうと進むことを諦めてしまっていては景色が変わるはずがない。色が溢れるわけがない。そう自分を鼓舞し、立ち上がる。
「頑張ろう」
小さな声で呟かれた言葉はすぐに消え、角浦の心のなかにしまわれた。
たしかな勇気と恐怖を兼ね備え、電気を消して静かに眠る。瞼を閉じれば広がる闇。そこにいつか一筋の光を見つけられることを信じて意識を落とした。
その頃、貝賀は自室で書き終えた手紙を封筒に入れ、封をした。
「はあ……疲れた。まあでも、これで気持ちは届くだろ」
それを誰にも見られないよう机のなかにしまい、ベッドに横になる。スマホを開き、LINEを起動させると一番上に表示されている人物にメッセージを送った。
「練習に付き合ってもらえるとは思っていなかったので助かります。一応、先にありがとうと本人に伝えておいてください」
それからスマホの電源を落とし、大きな欠伸をして貝賀は眠りについた。
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