第21話 急用
20××年 6月15日(水)
「帰ってる途中で道を聞いてきた女の人にカップルだと間違えられてあいつ、顔赤くしたんだっけな」
それ以降は彼女が言っていた通り、貝賀の携帯が変わってしまったこともあり、つい最近まで顔を合わせることはなかった。程よく思い出にふけった彼は一度意識を切り替え、残りの紙を大方処分していく。
そもそも高校時代のもので必要なものなど数少ない。修学旅行の写真なり、生徒会メンバーとの写真であったり、保存できるものに限られる。
そうして1時間半が経った頃、なによりも期待していた卒業証書とアルバムが姿を現した。
「これは絶対に置いておかないとな」
懐かしみ、ページをめくっていく。
各クラスの個人写真、行事写真、集合写真が約30ページにわたって載っている。そのあとには1学年、2学年でのものも。ひとつずつたしかな思い出があるなかでやはり彼の頭のなかには角浦との一件が強く思い浮かんだ。
「ここに載せられもしないことが一番の思い出だなんて皮肉なもんだ」
一度すべてのページを見返したのちに自分のクラス写真が載っている箇所を開く。
誰よりも目立つ山萩、それから山萩と共に貝賀を責め立てた友人たち、その顔は当然忘れもしない。べつに憎しみなり、怒りなりがあるわけではないが、最悪の記憶として印象強くなってしまうのは仕方のないことであろう。
「まさかこんなふうになるとはな……」
当時の自分でも考えられなかった。
責め立てられたといってもいじめにあったわけではないので、身体的な損傷もなかった。貝賀自身が涙を見せることもなかったが、精神的なダメージは気付かないうちに積もっていたのだ。
そもそも角浦との一件があった日からその後にクラスメイトと顔を合わせることが卒業式予行日までなかった。その日に山萩とのこともあり、心は明るくなっていたはずだった。
それまではLINEを通じたメッセージで暴言を吐かれなどはしたが、彼自身、非が全て自らにあったと認めていたので物事は早く収拾がついていた。だが、その間にたしかにすこしずつ彼の心が削られていたのも事実だ。
「絢奈に会ってもなにもなかったんだけどな……」
それが要因でもある。
一件があったのち、貝賀のことを心配した角浦は何度か様子をうかがうために顔を合わせていた。当時の彼にとって、表では何もないと言っていても本人が来てくれるその行為だけで救われていた部分があった。だからこそ、角浦を善としたとき、必然的に山萩らが悪と見えてしまう。
その結果、友人であった男子は誰一人として彼を責め立てることなどしなかったために女性、そのなかでもリーダー的存在だった山萩に対して特に苦手意識がついてしまった。
「まあ、今さらなことだが……早く終わらせよう」
貝賀は思考を切り替えて要らなくなったものを袋に詰め、ゴミをまとめる。相応な量となっていたそれをとりあえず普通ゴミの明日まで部屋に置いておくことにしてリビングに戻る。
思い出に耽っていたせいか、独りのリビングは寂しく感じられ、携帯の電源を入れた。
「あっ、電話来てる」
着信が2件。どちらも山萩からだ。
折り返すとワンコールで彼女は出た。
「ちょっと、なんで出ないの?」
「掃除してて気付かなかったんだよ。んで、何の用だ?」
「いや、別に大事な用ってわけじゃないんだけど、なんか怒ってる?」
「ん、ああ、いや、声にでてたなら悪かった。ちょっとな。でも、今は誰かと話したい気分だったから電話くれて嬉しいよ」
さすがに元凶からの電話とはいえ、おまえのせいだなどど言えたものではなく、そもそも言う気もなく、話を変えた。
「う、嬉しいとか好きでもないのにそういうこと言うのはやめなよ。また変に誤解されるから」
「たしかに他の人ならその可能性はあるかもしれないが、おまえなら大丈夫だろ」
「……そうだね」
「ん? どうした?」
「なんでもない。それでさ、話なんだけど──」
その内容は今週末のことであった。
またこちらで仕事が入ったために泊まらせて貰えないかというもので、貝賀は角浦の許可を得られればと件のことを話さずに一度電話を切ろうとしたが、それを彼女は止める。
「大丈夫。絢奈にはもう伝えてあるから。あんたが良いって言うならっていう条件付きだったけどね」
「そんな言い方しないでくれよ」
「まあ、私は別にいいけど。じゃあ、用件は伝えたから切るよ。仕事近いから」
「頑張れよ」
「ありがと」
通話を終えた貝賀はすぐに角浦へとメッセージを送った。今週末のデートのことだ。
返事は早く来た。
「ごめん、今週は大学の子に誘われて行けなくなった。今日決まって、帰ってから伝えようと思ってたんだけど、偶然清恋と重なって先にそっちから情報いってしまったみたい」
「それだと山萩は絢奈と会う時間少なくなるけどいいのか?」
「元々仕事の都合みたいだから会う時間なんて限られてるし、そこは大丈夫。後からの連絡になってごめん」
「そのことは気にしてないからいいよ。じゃあ」
「うん、ありがとう」
状況を理解した彼は次に夕波に連絡した。当然それも今週末のことだ。
返事は夜遅く、日が過ぎる手前でやっときた。
「連絡遅れてごめんね。宏一くんがいいなら私もお世話になろうかしら。ただ、また宏一くんがリビングで寝ることになるんじゃない?」
「それは別に構いません」
「駄目よ。私は宏一くんと同部屋でいいからちゃんとベッドで寝なさい」
「それだと夕波さんはどこで寝るんですか?」
「宏一くんの隣かな」
「俺は構いませんけど、山萩に怒られますよ」
「バレなければ問題ないでしょ。初めは宏一くんが布団で寝るって言っておけばいいんじゃない?」
果たしてそんなことを彼女が簡単に信じてくれるのだろうか。
貝賀は信用しきれない不安を感じながらも、恐らく了承するまで話は平行線を行くのだろうと考え、逆らわず従うことにした。
「わかりました、それでいきましょう。おやすみなさい。お仕事お疲れさまでした」
「おやすみ」
続いてありがとうと可愛らしいウサギが喋っているかのようなスタンプを送った。夕波が唯一持っているスタンプである。
意外だなと思った貝賀はそのギャップに可愛らしさを感じ、クスッと笑みをこぼした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます