第3話  共有

 20××年 5月25日(土)


 招待状を数日前に送り終えた貝賀は今日、明日とバイトが休みのため、朝早くから起きて角浦と買い物に出かける仕度をしていた。

 彼女はブラウンのポロシャツにベージュのスカートを綺麗に着飾り、自室で着替えていた貝賀に話しかける。


「ねぇ、可愛い?」

「可愛いって言わなきゃ、ずっと聞いてくるんだろ」

「まあ、そうだけど、そんな反応されたらさすがに落ち込む」


 角浦はわざとらしく首を垂れる。

 それを見た彼はひとつため息をついてから、棒読みで言葉を発する。


「いつもよりずっと可愛いよ」

「えへへー」


 可愛らしく頬を赤らめ、わかりやすく機嫌の良くなる角浦。

 その姿を見て、若干のストレスを感じながらも結局のところ彼は許してしまうのだが、これは学生時代から変わらない。


「甘いな、俺は」

「その甘さが私は好きなんだけどな」

「ダメだ、ダメだ。俺たちも歳食っていくんだから、今のうちから変えていかないと」


 彼は気付いていないが、こんなふうに昔と変わらないやり取りをしているとき、普段は見せない自然な笑顔を見せている。

 どちらかといえば、温もりのある懐かしみの表情で彼にとって安心感を得られる一時となっている証拠だ。

 それを恋心というのは無理があるが、少なくともそこらに転がるちっぽけな友情よりは厚く、2人にとって当時の思い出は何にも変えられない宝物として心に刻まれているのだろう。


「あ、ちょっと待って」


 それからいざ出かけようかといったところで角浦に電話がかかった。

 相手は山萩やまはぎ清恋すみれ。高校時代の彼女の親友で、当時、彼女の告白を振った貝賀を責め立てた女子グループのリーダー的存在であった人物だ。

 気の強さは同級生のなかで誰にも負けず、その行動からもうかがえるように友人想いな一面も兼ね備えている。そのせいで彼に軽度ではあるが恐怖心を根付かせたのだから、並大抵ではないことが容易に想像できるだろう。


「もしもし、急に電話かけてきてどうしたの?」

「お願いがあるんだけどいい?」

「うん、なに?」

「実はね、ちょっとお仕事でそっちに行くことになったんだけど、マネージャーさんがミスっちゃったせいでホテルが取れてなくてね。お家行ってもいいかなって」


 どうやらお泊まりの連絡のようだ。

 山萩は学生時代からモデルをやっており、いまや女子高生に人気のファッション雑誌「pasion」の表紙を飾るほどの逸材だ。世間では特にその純潔さが推されていて、恋愛に関するリークがひとつとしてないほどそういったことに無縁な女である。


「どのくらい?」

「一応、明日から1週間ぐらいなんだけど、3日間はお仕事でほとんどいないかな」

「じゃあ、残りの4日間は?」

「お休みがでたから絢奈と遊ぼうかなと思って」


 角浦と山萩は仲が良く、ここ最近はLINEのみでの連絡しか取り合っていなかったとはいえ、相手から誘いがあれば同様に休暇を楽しみたいと思っている。だが、ここには例外がいる。

 角浦自身、山萩と貝賀の関係を把握している為、独断では答えを出さない。


「ちょっと待って」


 ミュートボタンを押し、声が相手に聞こえてないことを確認してから彼女は貝賀に聞く。


「清恋が明日から数日だけこっちに来るらしいんだけど、家に泊まりたいって」

「あいつは俺たちの今のこと知ってるのか?」

「ううん、誰にも言ってないから知らないと思う」

「それならすこし厄介じゃないか?」

「そうだね。説明しても納得してくれるか分からないかも。やっぱり断った方がいいかな?」


 角浦のなかにおいて、優先順位は山萩よりも貝賀の方が上だ。それは彼も理解している。しかし、この状況において、その優位は変わらずとも親友との時間を大切にしたいという思いを簡単には失くせるわけではない。それもまた、長年の付き合いからわかっている。


「いや、一度説明してみたらどうだ? それでダメだったら、俺がその間だけ近くのネットカフェに泊まればいいだけだから」

「本当に良いの?」

「せっかくの誘いなんだ。俺のことは気にせずに楽しめよ」

「うん、ありがとう。好きだよ」

「はいはい」


 こんな優しさを持つのがこの男だ。

 自らが引くことで他を優先させる。その気遣いが学生時の人気にもつながっていた。顔も悪くないのだから、嫌われる理由を探す方が難しいかもしれない。

 角浦の声も明るくなってきた。


「お待たせ。私は別に大丈夫なんだけど、そのまえに聞いてほしいことがあるの」

「うん、なになに?」

「実は今、私と宏一で同じ家に住んでて──」

「えっ! もしかして、あのあと付き合えたの!?」

「え、ううん、そうじゃないんだけど、いろいろあって同棲って形になってるんだよね。それでも大丈夫?」

「私は全然大丈夫だよ! それにまだ絢奈を弄んでるあいつに一言言ってやらないといけないし!」

「清恋は変わらないね」

「当たり前でしょ。じゃあ、貝賀にもよろしく言っておいて。本当にありがとうね」

「わかった。それじゃあ、気を付けてきてね」


 そこで通話は途切れる。

 彼女の清々しい表情を見た貝賀は聞かずとも説得に成功したと気付く。どちらかといえば、全く説得じみたことはしていないのだが、今回は大人になりものわかりのつくようになった山萩の成長のおかげでもある。

 あとは実際に会うだけだ。

 その後は予定していた通り夕食の材料を買いに行き、そのついでに明日の歓迎会のための分も買い済ませた。いつもより嬉々とした様子でかごを持ち歩く彼女の姿を貝賀は微笑ましく、また可愛らしくも思った。

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