第29話 終わりの始まり

 教団が生まれたとき

 僕は十歳

 母さんが一人で立ち上げた


 母さんは子供の頃から

 神様の声が聞こえた

 それを人々に知らせるために

 たった一人で教団を作った


 みんなに神様の声を伝えれば

 世界は平和になる

 母さんはいつもそう言っていた


 でも世間は誰も

 母さんの話を聞いてはくれなかった

 陰で笑い、唾を吐き

 僕には石をぶつけた


 そんなとき

 あの男が現われた

 男は母さんの話を聞いた

 そして最初の信者になった


 男は教団を変えた

 お言葉のフォーマットを作り

 教祖と運営を分けた

 すると段々人が集まるようになり

 信者の数は数十人になった


 僕が十三歳になった頃

 母さんは男の物になった


 男は僕たちと一緒に住むようになった

 二人の娘を連れて


 一人は僕と同い年の朝陽

 一人は生まれたばかりの夕月

 僕たちは何とか上手くやっていた

 他に選択肢はなかったから

 いや、それだけではないのだけれど


 やがて二年が経ったとき

 母さんが死んだ

 首を吊って死んだ


 そのとき僕は学校にいた

 家に居たのは母さんと男だけ

 男は母さんの様子がおかしい事に

 気付かなかったという


 母さんの葬儀は教団で行った

 死因は心臓発作という事になった

 誰にも言うな

 男は僕に口止めをした


 葬儀が終わった夜

 僕は親戚の家に行く事を決めた

 もう男とは暮らしたくなかったから


 以前から声をかけてくれていた親戚に電話し

 僕は小さな荷物だけを持って

 何も言わずに家を出た


 夜の暗い道

 人気のない道路を駅に向かっていたとき

 僕は何かにぶつかった

 それが何なのかはわからない

 ただその直後

 僕の体は道の真ん中にまで飛ばされていた

 走って来るトラックのライトの明るさを

 いまでも覚えている


 僕は一命を取り留めた

 けれども音を失ってしまった

 車椅子に乗る僕を見て

 親戚は「引き取れない」と首を振った

 結局僕は元通り

 男と暮らす事になった


 もしあのとき朝陽が居なければ

 彼女の笑顔と慰めがなければ

 僕は気が狂っていたかも知れない

 彼女の手の温かさだけが

 僕をこの世界につなぎ止めていたのだ


 男は信者たちに向かって言ったという

 いつか「そのとき」が来れば

 この子に教祖を継がせたいと

 僕は教団のお飾りになった

 永劫の静寂の中で

 永遠に来ないであろう「そのとき」まで


 男が二代目教祖になり

 教団は大きくなった

 けれど、もういいだろう

 本来なら母さんが死んだとき

 教団も終わるべきだったのだ


 終わらせよう

 ここですべてを終わらせよう

 悲しい秘密と共に

 幾つかの命を道連れにして

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