第21話 亡霊は知っている
「三つの祟り、三つ揃って三つのところ、哀れな雛子が三つ転がる、一と一と三。これだけか」
胡座をかいたオレは、メモ帳にボールペンで書き込んで、目の前に正座する夕月にたずねた。
「随分アナログなんだな」
のぞき込む原樹に「放っとけ」とだけ返して、夕月を見つめる。夕月はしばらく考えてうなずいた。
「うん、内容的には、たぶんそれで全部。細かい言い回しまでは憶えてないけど」
壁にもたれた築根が首をひねった。
「やけに三に対してこだわってるな。どういう意味があるんだ」
「まあ悲観的に考えるなら」ボールペンで頭を掻いてオレは答えた。「三人殺すって宣言だろ」
「おまえ、それはそんな簡単に口にしていい話じゃないぞ」
後ろで胡座をかいている原樹が文句を言う。
「知るかよ。簡単だろうが難しかろうが、結果は同じだ。それより」
オレはまたメモ帳を見つめた。
「一と一と三って何だ」
夕月がうなずく。
「ああ、それなんですけど、たぶん『源朝忌』だと思います」
源朝忌。何だっけな、最近聞いたぞ。オレの表情を理解したのか、夕月は続けた。
「一月十三日にお祭りがあるんです」
ああ、ホテルのフロントで聞かされた話か。
「源頼朝の命日だっけか」
「そう、そして父様の誕生日」
なるほど……と思いかけたが、それほどなるほどじゃねえな。
「何で死んだ人間が誕生日にこだわってんだよ」
理由などないのかも知れない。所詮人殺しなど、頭がイカレてるに決まってる。マトモに考えるに値する理由を求める方がおかしい、とも思うのだが。
だったら何故ボロが出ない。ちょっと出なさ過ぎじゃねえか。もっとあちこち破綻していても良さそうなものなのに、どうにも尻尾がつかめない。
いや、もしかしたら、いまの状況が特殊なだけで、警察の人員を投入すれば、すぐに解決出来る話なのだろうか。かも知れない。だがもし、この状況を予測して計画していたとしたらどうだ。真犯人は、このクローズドサークルの発生を前提として、何かを得るために殺人を行っているとしたら。
「……一と一と三、か」
「この三は、三つ転がる、の三だよな」
問いかける築根にうなずき、オレは胸ポケットからタバコを取り出した。コレなしで考えをまとめるのは、これ以上無理だ。一本咥えて火を点ける。
「三の意味が、これから起きる殺人事件の被害者の数だとしよう」
煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。頭がギュンギュン回る気がする。
「だとしたら、その前の一と一も死人の数だって事になる。確かに、ここでは合計二人の死人がすでに出ている。一つは昨日の典前和馬、もう一つは下臼聡一郎のストーカー殺人だ」
「数的には合っているな」
そう言う築根にオレは首を振った。
「合ってはいるが、これはおかしい」
しかし原樹には意味がわからないようだ。
「何がおかしいんだ」
「典前和馬の殺された事件と、これから起こるかも知れない事件は、犯人が同じ可能性が極めて高い。だがストーカー殺人は違うだろう。犯人はストーカーなんだから。下臼の事件が起こる前、教祖の予言はあったか?」
夕月にたずねてはみたが、答は最初からわかっていた。
「いいえ、あのときは予言なんてなかったです」
やっぱりな。
「犯人も違うし、予言もない。なのに、何故これを一緒にした。まあ、とりあえず人が死んでりゃいいだろ、って先代教祖の幽霊様が考えた可能性もなきにしもあらずだが、そうじゃないかも知れない。たとえば」
築根の視線がオレを射る。オレはまた一口タバコの煙を吸い込んだ。
「あのストーカー殺人に、何か裏があるとか、だ」
「どんな裏だ」
築根が壁から離れて一歩近づく。オレは苦笑した。ホント、コイツはこんな状況で真面目だねえ。
「そこまではわからねえよ。ただな」
「ただ、何だ」
「典前大覚の亡霊は、おそらくそれを知ってる。これが何を意味するのか」
亡霊なのに知っている、なのか、それとも亡霊だから知っている、なのか。さて。
亡霊がすべてを知っている。父様の亡霊が。
昨日の事件と下臼さんの事件を、朝陽姉様の予言が、つまり父様がひとまとめにしていると五味さんは言った。まさか同じ犯人なのだろうか。
下臼さんはストーカーに殺された。それは、みんな見ている。私も見た。だからあの女の人が犯人なのは間違いない。じゃあ和馬叔父様は誰が殺したのか。同じ犯人の訳がない。だってあのストーカーは、いま警察に捕まっているのだから。でも。
もしかして、そう、もしてかしてそうじゃなかったら。
ストーカーが犯人じゃなかったら。違う。殺したのはストーカー。でもその陰に、誰にも見えない所に、もう一人誰かが居たのだとしたら。その誰かが、あのストーカーに下臼さんを殺させたのだとしたら。そしてまた別の人に和馬叔父様を殺させたのだとしたら。だとしたら。だとしたら。
誰にも見えない所から人を動かして、誰も知らないすべてを知っている。それは誰。
亡霊がすべてを知っている。父様の亡霊が。
私は部屋の椅子の上で、胸が凍り付かんばかりの冷たさに震えた。これは父様の心の温度なのだろうか。震えが止まらない。何故ここまで憎むの? 何を恨んでいるの? 心の中で父様に呼びかけても答はない。朝陽姉様じゃないと無理なのだろうか。私は無力感に包まれた。
けれど、これは間違ってる。たとえ父様の亡霊がした事であっても、こんなのは駄目だ。もうこれ以上殺させてはいけない。
でも、何をどうすればいいんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます