第3話 強請り屋
面倒臭え。まったく面倒臭え。どんなヒマ人だよ。こんな金にもならない事に頭使ってる場合じゃないんだが。築根と原樹の背中が遠ざかって行く。オレはホッと一息ついて、コーヒーを一口飲んだ。
だいたい、死体を隠す方法は、チェーンソーでバラバラにする以外にもある。毒を入手するルートを持ってるなら、強酸性の薬品も手に入れられたかも知れない。風呂の浴槽はFRPかホーローだったのか? もしそうなら硫酸が使える。浴槽で死体を溶かされちまったら、もう証拠なんぞ見つからない。もちろん水抜き栓の金属部分は腐食するが、業者に頼んで取り替えちまえば良いだけだ。まあオレにはそんな事まで、いちいち指摘してやる筋合いも理由もないんだが。
コーヒーをもう一口飲む。中途半端に冷めてしまっている。少し苦いが不味くはない。味で勝負するような店でもなかろうし、及第点だろう。とりあえず邪魔者は去った。あとは『客』を待つだけだ。
と思っていると、オレのテーブルの向こう側に、突然大きな人影が立った。さっきの原樹ほど背は高くないが、胸板の厚さは同じようなものだ。そう厚手にも思えない白いジャケットを着たゴツい男は、向かいの椅子を引いて座った。首元や手首に金色がチャラチャラ光っている。
「そこに座るんなら、オープンカフェで待ち合わせる必要ねえでしょうが」
「てめえはまどろっこしいんだよ」
オレの文句に、誰がどこからどう見てもヤクザに見えるであろう五十がらみのパンチパーマの男は、ブスッとした顔で答えた。
「オレと一緒に居るのを見られて、困るのは岩咲さんですよ」
男の名は岩咲勝也。県警組織犯罪対策部、いわゆるマル暴の刑事だ。
「話はすぐ済む。要は金だろうが」
「そりゃ話が早い。じゃ、今月分いただきましょう」
「金はない」
岩咲は憮然とした顔で言い切った。オレは新聞を放り出す。
「ふざけんでくださいよ。アンタが城建組から賄賂をもらってる事がバレてもいいんですかね」
すると岩咲は目を細めてオレをにらみつけた。
「五味、おまえ自分が殺されるかも知れないって考えた事あるか」
「オレが死んだら、岩咲さんの情報は呉龍会に流れる事になってるんですが」
呉龍会は城建組と対立する組織である。岩咲は細めた目をそのまま一度閉じると、溜息をついた。
「それはマズいな」
「まあオレだって、大事なネタをそう簡単にヤクザには渡しませんよ」
「払う気がないんじゃない。だが実際に金がないんだから仕方ないだろう」
今度は開き直りやがった。
「城建組はアンタにガキの小遣いを渡してるんですか。月に三万の金が払えない訳ないでしょうが」
「組織の中の人間には、イロイロな必要経費が発生するんだ。フリーのおまえじゃわからんだろうがな」
「言い訳はどうでもいいんで、金払ってくれますか」
「だからないって言ってるだろうが!」
テーブルを叩き立ち上がった岩咲は、周囲を威嚇するようにジロリと見回すと、苦虫を噛み潰したような顔で座り直した。まあ暖かいと言っても十二月だ。屋外席の客はオレたちしか居ないのだが。
「……娘が結婚する」
「めでたい話だ」
「借金してまで派手な結婚式をするらしい」
「派手なのは披露宴でしょ」
「いや、チャペルを借り切って式をするんだ」
「へえ、そりゃ高そうだ」
「そういう訳で金がない。まるでないんだ」
「こっちの知ったこっちゃないですね」
「てめえは鬼か」
「せっかくの結婚式にヤクザが乗り込んできたら、娘さん可哀想でしょ」
ニッと笑って見せたオレを、岩咲はまたにらみつけた。
「タダで勘弁しろとは言わねえよ」
嫌な予感がした。オレはガキとオカルトが大嫌いなんだが。
「金の代わりに情報を渡す。それを今月分にしてくれ」
予感は当たった。こういう所で出る情報なんぞ、碌なもんじゃねえ。
「岩咲さん、そいつは」
「まあ聞けや。おめえ『久里ヶ岳奉賛協会』って知ってるか」
聞き覚えがあるような気がしたが、ここでうなずいてもオレに得はない。
「いや、全然」
「田舎町にあるカルトまがいの新興宗教だ」
「オレ、新興宗教は嫌いなんですよ」
「そう言わずに聞け。その奉賛協会の会長がな、信者の女に手を出してるんだが、それがヤクザの情婦なんだそうだ」
ふざけんなよ、とオレは思った。新興宗教絡みで、なおかつヤクザ絡みの話なんて、面倒臭いばっかりで金になんぞなりゃしねえ。首を突っ込めば、こっちの身が危なくなるだけだろうが。だが岩咲は続ける。
「しかもその会長、表向きは目が見えない事になってるんだが、実は見えてるらしい。どうだ、傑作だと思わねえか」
思わねえよ。毛の先程も面白くない。そんなくだらない話を教えられて、どう金にしろって言うんだ。オレが困惑していると、岩咲は突然立ち上がった。
「よし、今月分はこれで終わりだ。いいな」
「え、ちょっと待てよ、これだけかよ」
慌てるオレの目の前で人差し指を小刻みに振ると、岩咲は獰猛な笑顔を見せた。
「三万円分の情報なんぞ、これくらいだ。あとは自分で調べろ」
「いや、そうじゃなくて」
「心配するな。来月までにはボーナスも振り込まれる。次はキチンと払ってやるよ」
そう言って去って行く岩咲の背中に、オレは舌打ちを返すのが精一杯だった。くそっ、タバコがなきゃ頭が回らない。もしかして、そこまで見越してここに呼び出したのか。あのクソ親父、ふざけやがって。来月も同じ手を使うようなら、ヤクザと県警の上層部とマスコミに情報を流してやる。憶えてやがれ。
「……それにしても、重なるときには重なるもんだ」
いま抱えている案件を思い出した。一応はちゃんとした興信所の仕事なのだが、こちらも新興宗教絡みだ。宗教マニアじゃあるまいし、二つも三つも関わり合いになるのはご免だぞ。久里ヶ岳奉賛協会は、しばらく放っておくしかない。こんなカスみたいな情報、忘れてもいいくらいだ。
オレは立ち上がり、レジに向かった。コーヒーは少し残っていたが、さすがにもう飲む気にはならない。いつの間にか空は曇り、気温が下がっている。北風が冷たいのは、懐が寒いせいだろうか。まったく、今日はとんだ厄日だぜ。
まあ、オレはガキとオカルトが大嫌いなんだが。
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