第4話 天晴宮日月教団

「あの男は死んだ

 大丈夫、君の言う通りにした

 弁護士は何とかなるだろう」


 見た目に似合わない強気のメール

 でもだからこそ、あなたが心配だ

 僕に出来る事は何でもしよう

 それをあなたが望むのならば


 かつてあなたがくれた希望を

 いまこそ僕はここに返そう

 たとえそのために

 この身が大地に叩きつけられたとしても




 典前てんぜん大覚だいがくが死んだ。


 典前大覚はてんせいぐうじつげつ教団の二代目教祖である。天晴宮日月教団は新宗教であるが、カルトと呼ばれるほど閉鎖的ではない。現代の宗教としては極めて素朴で、教団名にある通り、太陽と月を崇める事以外に教義や聖典はなく、霊能力を持つという教祖の発する『お言葉』のみが信者の寄る辺となる。


 典前大覚は、中興の祖とまで言うのは大げさだが、初代教祖を支え、当初十数人だった教団の信者を、現在の千五百人規模にした功労者である事は間違いない。初代に比べて霊能力では劣っていたものの、いつも笑顔で人当たりが良く、信者たちは皆、親しみを込めて『二代目様』と呼んでいた。


 その典前大覚が病に倒れたのは今年の十月。霊能力で多くの信者を救い、体内に『悪気あっけ』を溜め込んでしまったがためと信者たちは信じていた。そして迎えた十一月二十日。教団総本山にある教祖の寝所に、三人の人物が通された。教祖の長女であるてんぜんあさ、教団の顧問弁護士であるしもうすそういちろう、そして教団幹部であるあまなりわたるの面々。


 天成渡は教祖の次女である典前夕月の後見人であり、ここに教団内に存在する朝陽派、夕月派のトップが並んだ事になる。これにより、第三代教祖が指名されるのではないかとの噂が信者の間に広がっていた。


 天晴宮日月教団の総本山は、倒産したホテルを買い取ったもの。かつてテーマパークが建設される予定だった山奥に、一歩先んじて建てられた五階建ての中層ホテルは、テーマパークの計画が延期に次ぐ延期の末、水泡に帰したと同時に無用の長物となった。それをタダ同然の値段で買い叩いたのが典前大覚。大覚はその最上階に寝所を置き、部屋の外壁にスピーカーを設置して、そこから信者に『お言葉』を下していた。しかしその日、そぼ降る小雨の中で待っていた信者たちに最初に聞こえてきたのは、典前朝陽の声だった。


「これより皆様方に、二代目様から、『お言葉』がございます」


 そしてマイクを動かしたのであろう雑音が、続いてピーッとハウリングの音がして、数秒の静寂があった後、苦しげな、地の底から湧き上がるような声が響いた。


「わーがーあとをつーぐーのーはー、あさひーなーりー」


 それが典前大覚の最後の言葉。直後に大覚は息を引き取ったという。その事実と言葉の内容は、典前朝陽、下臼聡一郎、天成渡の三人が口を揃えて認めた。特に信者たちにとって大きかったのは、天成渡の言葉だった。夕月の後見人であり、夕月派のトップである渡が、朝陽への教祖禅譲を認めたのである。もはや教団内に異論を挟む者はいなかった。一人を除いて。



 それから数日後の事。総本山のある地元の住民には「あのホテルの」で通じるものの、世間のほとんどには名前も知られていない天晴宮日月教団が、小さな脚光を浴びる事になった。昨年県知事選挙に敗北した、当時の現職知事にまつわる政治資金規正法違反事件。いくつもの企業から多額の違法献金を受けていた、その献金リストの片隅に、この教団の名前があったとマスコミが報じたのだ。


 その三日後には地方検察庁の捜査チームが、総本山に家宅捜索に入った。それは地検にとってはよくある業務。さっさと片付けて定時に帰る事が目標の、これといって何も面白味のない仕事。どうせ何も起きず粛々と進むだろうと、このときは誰もが思っていた。

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