第33話 ハウリング
六階の、かつてここがホテルだった頃にはスイートルームとして使われたのであろう部屋に、オレたち四人は放り込まれた。中は広いリビングとベッドルームの二間に区切られている。ベッドルームだけで、オレたちがさっきまで居た部屋と同じくらいの広さだ。テレビや冷蔵庫こそないが、リビングの真ん中には据え付けのソファが、大きな窓際には籐椅子が二組とテーブルがある。
そのテーブルに手をついて窓の外を眺めて見たが、まだ午前四時、真っ暗で何も見えない。仕方がないのでソファに寝転んだ。そこに築根が上からのぞき込む。
「五味、そろそろ説明しろ」
「説明って何を」
「おまえにわかっている事を全部だ」
やれやれ面倒臭えな。オレは体を起こした。ドラえもんの秘密道具みたいなのは、何で実現しないのかね。頭の中にあるものを全部映像化できればいいんだが。いや、全部はマズいか。
「いまの段階で、わかってると言い切れるのは一つだけ。殻橋はオレたちを殺そうとしている」
一瞬の静寂。
「は……はあ? 何だそりゃ。何で我々が殺されなきゃならんのだ!」
原樹は混乱している。
「何でって、オレたちが連続殺人事件の犯人だと思ってるからだろうが」
「馬鹿言うな! おまえはともかく俺と警部補は刑事だぞ!」
「それ前にも言ったよな」
原樹はムッとした顔で黙り込んだ。
「だが殺すというのは極端に過ぎないか」
築根もイマイチ納得が行かない顔だ。オレは答えた。
「給孤独者会議は日月教団を傘下に組み入れた。新しく集団に入った連中を効果的に支配するには、どうすればいいか知ってるか。人間は恐怖で支配できるんだよ。恐怖を味合わせれば、その集団に逆らおうとか逃げだそうとかしなくなる。じゃあ、何をしたらそんな恐怖を味合わせられると思う」
「おい、まさか」
「そう、そのまさかだ。目の前で人を殺せばいい。そうすりゃ死への恐怖と罪悪感で身動きが取れなくなる。カルトにはありがちな話だな」
「いや、しかし、殺人にはリスクがあるだろう」
「忘れたのかよ。ここは陸の孤島だぞ。近隣に民家はない。信者以外は人も通らない山の奥だ。死体を埋める場所なんか腐るほどある。つまり海のど真ん中に匹敵するほど、殺人で物事を解決するのに、おあつらえ向きのシチュエーションなんだよ。それを利用しない訳があるか。アイツらには常識も良識もないからな」
築根も黙り込んだ。代わって原樹が口を開く。
「あの殻橋は、最初から俺たちを殺す気だったのか」
「それはないだろう。アイツだって、殺人事件が起こると知っててここに来た訳じゃねえ。だが事件が起きて、その可能性に備えたのは間違いない。そういう意味じゃ、アイツも馬鹿じゃない。狂ってるだけだ」
築根が再び口を開く。何かを探るように。
「五味、おまえ事件の全容がわかってるのか」
「まだ全部はわからんな。確認しなきゃならん事がある」
「なら、それを確認すれば」
「確認できりゃ、見えない犯人が見えるはずだ」
ああ、面倒臭え。面倒臭えが死にたくはない。んじゃ、仕方ないな。
午前七時を過ぎた。ドアがノックされ、勝手に開く。姿を見せたのは大松。ラップをかけた朝食のトレーが四つ乗ったワゴンを押して入って来た。一つはカレーライス。これは助かる。
大松はブスッとした顔で、無言のままワゴンを原樹に渡すと、背を向けようとした。
「まあ待ちなよ、大松さん」ここで帰られる訳には行かない。「アンタにちょっと聞きたい事があるんだ」
オレに引き留められ、大松は素直に従った。だが顔はブスッとしたままでこう言う。
「あなた方と親しいと思われると、こちらは困るんです。手短かにお願いします」
そうは言いながら、嫌なら誰かに頼めば良かったものを、わざわざ自分で足を運んだという事は、多少なりともコチラに興味はあるはずだ。
「わかってるって。簡単な質問があるだけだ」
オレが笑顔を見せてそう言うと、大松は懐からタバコとライターを出した。
「吸って構いませんかね」
「ああどうぞ。てか、アンタもうタバコはやめたんじゃなかったか」
「禁煙はやめました。こんな状況で、健康なんか気にしてられませんから」
そして部屋の隅まで歩くと、クローゼットを引き開けた。中にはガラスの分厚い灰皿が四つ重なっている。
「そんな所にあったのかよ」
「それで、何が聞きたいんですか」
タバコを咥え、灰皿を手に持ちながら大松が言った。火を点けるのを待って、さて、それじゃ確認するか。
「先代の教祖が死んだ日の事を聞きたい」
「二代目様の? 何を知りたいんです」
「確か最後の言葉は、アンタらがみんなで聞いてたんだよな」
「はい、あの日信者の大半は、この総本山の周りに居ました。スピーカーから二代目様の声が聞こえてきましたよ」
オレは窓際まで寄って斜め上を見上げた。外壁に取り付けられた、大型のスピーカーが見える。
「この部屋から、あのスピーカーで信者に向けて、三代目を指名したんだっけ」
「そうです。後を継ぐのは朝陽様だとハッキリおっしゃいました」
「それは間違いなく二代目の声だった?」
すると一瞬、大松は躊躇し、微妙な答を返した。
「それ以外に考えられませんから」
「そのとき、この部屋に居たのは誰だった」
「二代目様、朝陽様、下臼さん、若先生の四人です」
「風見麻衣子はいなかった? 間違いない?」
「ええ、それは間違いないです」
「つまり、こういう事だよな。アンタらが聞いた二代目の声は、少なくとも朝陽の声でも下臼の声でもなかった」
「そうです、それも間違いない」
「苦しそうな声だった」
「ええ、とても苦しそうでした」
「じゃ最後にあと一つ。そのときハウリングはあったかな」
質問の意味がわからなかったのだろう、大松はキョトンとした顔を見せた。
「ハウリング?」
「ほら、スピーカーから、ピーッとかボボボボッとか音が出るのがあるだろ」
そう言われて大松はしばし考え、「ああ」と声を漏らした。
「ありましたっけね。ピーッとか鳴ってたような気がしましたけど、それが何か」
「いや、それがわかればいいんだ。ところで、今回の一連の事件について、殻橋から何か言われてるかな」
「まだ何も言われてはいませんけど、この後八時から大広間で何かあるみたいですよ。全員集合しろって指示が来ましたから」
「大広間って二階の?」
「ええ」
「へえ。わかりました。もう大丈夫、足止めして申し訳ない」
大松はタバコを一口吸い込むと、手に持った灰皿でもみ消した。そしてクローゼットの中に置いて扉を閉める。
「せっかくですから、私も一つ聞いていいですか」
そんな事を言い出した大松に少し驚いたものの、オレは笑ってうなずいた。
「いいですよ、何でも」
「あなた、本当に人を殺したんですか」
「んな訳ゃあない」
そんな馬鹿じゃねえよ、とは言わなかった。
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