第32話 四つ目の事件

 そしてそのときはやって来た。十二月十九日、午前三時を三十分ほど過ぎた頃。突然オレたちの部屋のドアが開かれ、給孤独者会議の道士たちが無言で踏み込んできた。十人以上は居ただろうか。


「何だ貴様ら!」

「待て原樹、抵抗するな」


「しかし警部補」


 幸か不幸か、午前三時に何かが起きる事態に備えていたため、寝込みを襲われる事はなかったが、一瞬原樹の言った通り、給孤独者会議が犯人だったかと思ってしまった。


 スキンヘッド連中がオレたちを取り囲むのを待って、開いたドアからゆっくりと殻橋邦命が入って来る。不愉快げにハンカチで口元を押さえながら。そして部屋の中を見回すと、膝を抱えるジローを見て、立ち上がった原樹と築根を見て、最後に胡座をかいているオレを見下ろして、こう言った。


「どうやったのです」


 その一言で理解した。


「なるほど、今度はアンタらの仲間が殺された訳だ」

「とぼけても無駄ですよ。あなた方の仕業である事は、すでに判明しているのです」


「つまり、何もわかってないってこったな」


 苛立つ原樹が怒鳴る。


「おい、どういう事だ! 説明しろ貴様ら!」

「吠えんなよ。夜中だぜ」面倒臭いが仕方ない。オレも立ち上がった。「現場は見せてくれるんだろ、殻橋先生よ」


 殻橋は不快感に顔を歪ませると、不意に背を向けて歩き出した。オレたちはゾロゾロとその後について行く。笛くらい吹けよ、芸がねえなあ、などと思いながら。



 行き着いた場所は三階の端、階段室のすぐ隣。そう、時計の間だ。その前には数人の道士連中が固まっていた。他に電動車椅子に乗った天成渡と風見麻衣子、大松と竹中の姿も見える。道士たちの殺気立った刺すような視線を掻き分けて、オレはドアの開け放たれた部屋の中に入った。


 道士が一人、床にうつ伏せで倒れている。スキンヘッドの頭頂部から出血し、隣には赤い消火器が転がっていた。部屋の明かりを点けて革ジャンの襟を引っ張り、首元を確認する。うっすらと皮下出血が見えた。顔には見覚えがある。苦悶の表情で印象は変わっているが、おそらく初日にジローのカレーライスを買いに行った、あの道士たちのリーダー格だ。


「どうだ」


 背後から築根がたずねる声。


「絞められてると思うな」

「つまり、また背後からか」


「そういう事」


 オレは死体をまたいで部屋の中に入った。相変わらず時計たちは静寂の中に沈黙している。だが、その異変にはすぐ気付いた。


「見て見ろよ」


 死体をのぞき込んでいた築根が顔を上げ、こちらに来た。そしてオレの視線を追い、息を呑む。部屋の壁を埋め尽くす、五十ほどもある柱時計の針がすべて、長針も短針も、ピッタリ三を指していた。


「こんな小細工をしやがるか。まあ柱時計だから出来た芸当だ。電池切れのデジタル時計じゃこうは行かない」


 我ながら、変なところに感心しているなとは思う。築根は深刻な顔で奥歯を噛みしめた。


「午前三時に三階で、時計が三を指す中で、三日連続で三人目が殺された。予言は達成されたという事だな」

「まあそうだ。最後は演出過剰な気がするが」


「止められなかった。むざむざと」

「おいおい、自分が殺されるかも知れないこの状況で、そんな事考えてたのかよ。公務員の鑑だな」


「警部補」


 原樹も入って来たかと思うと、親指で背後を指した。後に続いて殻橋が入ってくる。


「満足されましたか」

「警察を呼んでくれりゃ、充分満足するんだが」


「その必要は、もうありませんよ」


 さらに続いて道士たちがゾロゾロ入ってくる。


「さあ、種明かしの時間です。どうやったのか教えていただきましょう」


 殻橋は笑顔を見せたが、口元が引きつってやがる。小せえヤツだ。……いや、待てよ。そうか。そういう事か。


「なるほどな」オレはうなずいた。「アンタ、罠を張っただろ」

「罠?」


 たずねる築根にオレは答える。


「六階と三階の封鎖を解いたのは、犯人をおびき出すためだ。空き部屋の内側に何人か配置して、怪しいヤツが居たら飛び出して捕まえようとしたんじゃねえのか」


 殻橋はオレをにらみつけたまま表情を変えない。いや、変えられないんだ。オレは続けた。


「ところが六階にも三階にも、怪しいヤツは見当たらなかった。なのに仲間が殺された。おそらくはこの部屋で殺された事にも、しばらく気付かなかったんだろう。まあ、それは仕方ねえさ。ドアスコープからじゃ、外の全体を見渡す事は出来ないからな。階段室のすぐ隣にある、この時計の間に出入りするヤツを見つけようと思えば、中から見張るしかない。そして実際、見張りを置いていた。なのにその見張りが殺された。見事に裏をかかれたって事だ」


 それを聞いて、殻橋はようやく表情を変えた。ニヤリと笑ったのだ。


「語るに落ちましたね。何故あなたに、そこまでわかるのですか。いえ、何故かは問いますまい。それはどうでも良い話です。問題は、この殺人を実行可能な者は、あなたしか居ないという事実です。『すべての不可能を排除した結果、最後に残りしそれがいかに有り得ないものであっても真実である』とお釈迦様もおっしゃっています」


「嘘つけ、ホームズだろ」


 原樹が柄にもなく突っ込むが、殻橋は動じない。


「そうかも知れませんが、そんな事はどうでもよろしい。ともかく、誰が殺人犯であるのかはハッキリしました。反論はありますか。どうです」


 ああ、タバコが吸いてえな。随分吸ってないから、頭がちょっとボーッとしてやがる。だがいまは脳みそが興奮しているのかも知れない。おかげで結構回っている。


「答は、保留だ」


 オレの言葉に、殻橋は眉を寄せた。原樹は驚き、築根は呆れた。


「おい五味、どういうつもりだ」


 殻橋は人差し指を一本立てた。その指でオレをさす。


「わかっているのですか。それは認めたと変わらないのですよ」

「んなこたあねえ。保留は保留だ」


 オレの考えを読みあぐねたのだろう、殻橋は眉を寄せたまましばらくにらむと、不意に道士たちに視線を移してこう言った。


「部屋に監禁しておきなさい。入り口には見張りを立てて」

「それなら、リクエストがあるんだがな」


 一瞬間を置いて、オレをにらみ直す。


「リクエスト?」

「先代教祖の典前大覚の寝所だった部屋があるだろ。そこに入れてくれよ。いまの部屋は狭くていけねえわ」


「……いいでしょう、望みを叶えて差しあげましょう」そして再び道士たちに向かい、こう命じた。「六階に連れて行きなさい!」


 オレと築根と原樹は、道士どもに腕をつかまれ連行された。時計の間の入り口にはジローが立っている。


「ジロー、おまえも来い。歩け」


 オレの言葉にジローは歩き出した。その向こうには大松が、竹中が、車椅子の天成渡と風見麻衣子が居る。


「大松さん、朝飯持って来てください。頼みましたよ」


 大声でそう言いながら、オレは腕を引っ張られ、時計の間を後にした。

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