第9話 給孤独者会議
「世直し、世直し、致しましょう!」
玄関に大きな怒鳴り声が響いた。驚いて振り返った私が見たのは、開いた自動ドアからロビーにドカドカと入って来る、黒い革ジャン革パンツの集団。しかもスキンヘッド。
「なあ、おい」
五味さんが私の隣でささやく。
「あれ、おまえんとこの信者か」
「うちの信者じゃないです。初めて見る人」
三十人くらいはいるのだろうか、その集団が周囲を見回しながら、だんだんと玄関に広がっていく。そして不意に真ん中が割れた。まるで海を割るモーゼの奇跡のように。その向こうから姿を現したのは、スキンヘッドじゃない二人の男の人。一人は背の高い、若いのに髪は真っ白な総髪。黒いスーツに黒いコートで、真っ赤なネクタイ。物凄い自信家なのが顔に表われていた。
一方その隣にいるのは、灰色のカーディガンを着た、ちょっと猫背で自信なさげな四角い顔。子供の頃から私のよく知っている顔。父様の末の弟。
「和馬叔父様」
思わず声を上げた私を見つけて、和馬叔父様は隣の白い総髪の人に話しかけた。
「これがお話しした下の姪です。夕月です」
「そうですか。これは聡明なお顔をしていらっしゃる」
褒められているのだろうか。でも何だか馬鹿にされてる気分になる。
「この人たち、和馬叔父様のお客様なの?」
「何を言ってるんだ。おまえのために来てもらったんだぞ」
和馬叔父様は不機嫌そうにそう言った。でも意味がわからない。私のため? どういう事だろう。首をかしげていると、総髪の人が私を見下すように見つめた。
「我らは
そして自分の胸に手を置く。
「私の名前は殻橋邦命。給孤独者会議で首導を務めております。典前夕月殿、以後お見知り置きを。それにしても」
殻橋さんの顔が不快感に曇った。ポケットから出した白いハンカチで鼻を押さえる。
「ここはニオいますね」
「ニオう?」
何のニオイだろう。私は何も感じないのだけれど、それは単に慣れているだけなのだろうか、そう思っていると、殻橋さんはこう言い放った。
「ええ、邪教の悪臭がプンプンします」
殻橋さんの見つめる先に、事務所から出てきた事務員の人たちが五人、そしてその先頭に、電動車椅子の渡兄様と風見さんがいた。
「和馬さん、何事ですか」
風見さんの声が緊張してる。そりゃそうだよね、ビックリするもの、こんなの。
「ああ、天成、風見。驚かせて済まない。このあいだ話したろ、給孤独者会議の人が来てくれたんだ。こちらが首導の殻橋邦命さん。これでもう安心だぞ」
いったい何が安心なのだろう。和馬叔父様は少し興奮しているのか、オーバーな身振り手振りで説明している。でもその顔の前に、白いハンカチが振られた。
「そういうお話は後にしてください。まずは教祖に会わせていただきたい」
殻橋さんにそう言われて、和馬叔父様は慌ててエレベーターホールに向かって走って行った。殻橋さんと、護衛だろうか、大きなリュックサックを背負ったスキンヘッドの人が三人一緒について行く。残りの人たちはロビーに散らばり、玄関を人垣で塞ぐように立っていた。
「何か剣呑な空気だねえ。嫌だ嫌だ」
五味さんが小声でつぶやいた。そして刑事さんたちの方を見る。
「こういう場合、どうするんだ、お巡りさん」
「どうもしないさ。何かしなきゃならない事は、いまのところ起こっていないだろう」
金髪の女性の刑事さんが、事も無げにそう答える。五味さんはニヤリと口元で笑った。
「民事不介入は警察の基本姿勢だもんな。まあ、オレとしちゃその方が助かる訳だが」
「おまえまた何かする気か」
大柄な男性の刑事さんが、押し殺した声で五味さんに詰め寄った。でも五味さんは素知らぬ顔だ。
「労働は市民の義務だろ。面倒臭いから、騒ぎを起こさんでくれよ」
そこに渡兄様の車椅子を押しながら、風見さんが近づいた。
「さっきの碧さんの件、話したら本人が会いたいそうです。どうしますか」
「そりゃ是非会わせてもらいたいですな。本人にしか出来ない話があるもんで」
五味さんがそう言うと、風見さんはうなずいて振り返った。
「大松さん、この方たちを二階の椿の間に」
事務員の大松さんは、五味さんとジロー君を大階段の方に案内した。風見さんは刑事さんにも話しかける。
「写真は事務所の方にあります。こちらにどうぞ」そして私にも耳打ちした。「お茶を用意しています。夕月様も来てください」
五味さんの言葉じゃないけど、いまロビーは変な空気になっている。退散した方が良さそうだ。私はみんなと事務所に向かった。
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