第30話 現場に戻る

 私は結論に近づいていた。そのはずだ。犯人が誰なのかはまだわからない。でも父様が誰のために予言をしたのかはわかる気がする。ただ自信が持てない。やっぱり五味さんに聞いてもらおう。そう思って部屋から出たとき、人の歩く気配がした。通路を曲がってみると、そこには人影が四つ。


「五味さん?」


 和馬叔父様の部屋の前に、五味さんとジロー君、築根さんと原樹さんの四人が立っていた。


「おう」


 五味さんは振り返ると、小さく答えた。


「どうしたんですか、こんな所で」

「イロイロと行き詰まってるもんでな。何か見つからないか、現場に戻ってみた訳だ」


 不満げに髪の毛をくしゃくしゃとかき回す。


「でも入れないんじゃないですか」

「ああ、ドアは開かねえな」


「マスターキー借りてきましょうか」


 中には和馬叔父様の死体が安置されている。見たくはないけど、捜査のためなら仕方ない。しかし。


「構わんよ。入ったところで何もわからん。虫眼鏡は持ってないからな」


 五味さんはそう言うと、大階段の方に向かった。



 大階段から見下ろすロビーには、スキンヘッドの道士の人たちがたくさん蠢き、玄関を封鎖している。イカロスとヘカテーを描いた日月図は、まだ裏返されたまま床にあった。もうあの絵は駄目だろう。


「下臼聡一郎が殺されたのは、どの辺だ」

「ちょうど真ん中辺りです」


 私が指をさすと、五味さんはちょっと顔を前に出して、ロビーの真ん中辺りを見つめた。


「何かわかりますか」

「サッパリだな。ストーカーはどこから入って来たんだ」


「それは誰も見てないんです。検察の人たちと一緒に玄関から入って来たのかも」

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないって事か」


「そう、ですね」


 五味さんは築根さんを振り返った。


「そう言えば、結局ストーカーの写真は受け取ったんだっけか」

「ああ、一応は受け取ったんだが」


 築根さんはジャケットの内ポケットから封筒を取り出し、中から写真を抜き出した。


「人らしき物は写ってる。でもこれがあのストーカーかどうかは判断できない」


 見てみると確かに。ブレが酷くて、私が見ても撮影した場所すらわからないのだから、誰が写ってるのかなんて判断しようがないだろう。


 五味さんはしばらく写真を眺めると、「なるほどね」とだけ言ってエレベーターに向かった。



 私が六階に着くと、先に着いていた五味さんは、小梅さんが殺された消火栓の前にいた。ホースはもう片付けられている。小梅さんの死体も、五階の小梅さんの部屋に安置されているはずだ。封鎖されていたときには、給孤独者会議の道士の人たちが見張りに立っていたのだが、いまはその姿もない。


 五味さんは立ち止まって考え込んでいる。


「何かわかりましたか」

「全然」


 即答した。そして一呼吸置いて、こう言う。


「一つわからないのは、和馬も小梅も、何で後ろから首を絞められてるのかって事だ」

「何でって、犯人が後ろに回り込んだからだろう」


 原樹さんが真面目な顔で答えた。五味さんは小さく溜息をつく。


「アンタ、オレがいきなり後ろに回ったら、気持ち悪くないか」

「そりゃ気持ちは悪いが」


「だが和馬にとって犯人は、後ろに回られても気にならない相手だった。小梅にとってもだ。そんな人間は限られている。限られているはずだ。なのに、何故犯人が見当たらない。おかしいだろ」


「それを俺に言われてもな」


 原樹さんは困惑している。五味さんはウロウロと周囲を歩き回っていた。


「犯人は透明人間か? それとも本当に呪いか祟りの類いか? そんな訳があるか。犯人は普通の人間だ。ならオレの目に見えなきゃおかしい。それが見えないのは、オレの目が曇ってるって事だ。どうすればその曇りが晴れる」


 そして不意に立ち止まった。


「次に行くか」



 三階に吹き込む風は冷たい。外は雨が降っているようだ。エレベーターと反対側の廊下の突き当たり、大きく割れたガラス窓から、五味さんは暗くなりつつある外をのぞいていた。ここにも見張りはいない。


「何かわかりますか」

「まるでわからん」


 五味さんが退いた窓をのぞこうと私が近づくと、「外は見るな」と言われた。


「オレは最初、柴野碧の体は、ガラスを突き破って落ちて行ったんじゃないかと思ったんだが」五味さんは廊下の隅にしゃがみ込んだ。「死体を確認しなきゃわからん事だが、碧も首を絞められてるんじゃないのか」


 そして赤い消火器を指でコンコンと叩いた。


「先に殺しておいて、次に窓ガラスを割って、最後に窓から投げ捨てられた」

「何のためにそんな事を」


 築根さんは嫌悪感を顔に滲ませている。でも五味さんは平然と返した。


「遊び心じゃねえか」

「おい、五味」


「死に方にバリエーションが欲しいんだろうな。『一と一と三』の『三』を際立たせるために。次に殺した死体にも何か小細工をするはずだ、おそらくは」

「その『次に殺した死体』に、我々がなるかも知れないんだぞ」


 そう言う築根さんに、五味さんは即答した。


「ああ、それならオレは大丈夫だ」


 そこに居た五味さん以外は絶句した。ジロー君は変わらなかったけれど。


「……何で大丈夫って言えるんだ」


 築根さんの言葉に私はうなずく。何でそんな事が言えるのか。でも五味さんは表情を変える事なく――どちらかと言えば、ちょっと面倒臭そうに――こう答えた。


「オレとジローは犯人にとって、イレギュラーな存在だからだ。ここに居りゃ、いずれは殺されるのかも知れん。だが少なくとも次ではない。『一と一と三』で殺すメンバーは、オレたちが来る前に、もう決まっていたはずだからな」


 驚いた。本当に驚いた。何故こんな状況で、そんなに自信たっぷりに言い切れるんだろう。自分の命がかかっているというのに。やっぱり五味さんは凄い。もしかしたら、私に見えていない世界が見えているんじゃないだろうか。


 唖然としている私たちを放置して、五味さんは歩き出した。


「さて、部屋に戻るか」


 しかしその足が止まった。そして私を見る。


「そういや夕月、おまえ何か用事があったんじゃないのか。付き合わせて悪かったな」

「あ、あのっ」


 声がうわずった。でもそんな事は気にしていられない。聞いてもらわなきゃ。


「私、聞いて欲しい事があります、五味さんに!」

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