第15話 そして事件は始まった

「いまから行ってきます

 こちらは任せて

 無理をしないで

 あの子のためにも」


 そんなメールが届いた

 無理はするさ

 あなたのためにも

 あの子のためにも


 あの子のためになる事で

 あなたが笑顔になるのなら

 僕はこの身を投じよう

 そこに地獄の業火があろうと




 その夜に起きた事は、どこからどう説明すればいいのだろう。


 時系列順に話すなら、夜の九時頃、朝陽姉様がロビーに姿を現した。事務員の大松さん、竹中さん、小梅さんの三人――この三人は朝陽姉様が中学生の頃からの古参信者だ――を伴って、玄関から外に出ようとしたのだ。給孤独者会議の道士の人たちは、当然それを止めようとする。でも朝陽姉様が一喝した。


「予言された刻は迫っています! ここで騒いでいる場合ですか! すぐに助けを呼ばねばならないのです! お退きなさい!」


 朝陽姉様の見た目からは想像できない、そのあまりの剣幕に、道士の人たちは気圧されたそうだ。けれど、玄関前から退く者は居なかった。殻橋さんに連絡するために、その場を離れた人は居たけど、誰も道を空けたりはしなかったのだ。そこを朝陽姉様は強引に通ろうとして、揉み合いになった。でもその時点で、玄関には道士の人たちが十人ほど居て、一方の朝陽姉様たちは四人だから、力尽くで押し通れるはずがない。二、三十分は揉み合ったものの、結局朝陽姉様たち四人は玄関から引き剥がされ、ロビーの真ん中ほどまで押し戻されてしまった。


 そのとき。


 玄関の日月図、つまりイカロスとヘカテーを描いた大きな油絵が、大きな音を立てて壁から落ちた。そしてゆっくりと手前に倒れて行く。やがて、風を巻き起こしながら絵が完全に倒れたとき、皆は見てしまった。


 そこは、かつてここがホテルだった頃、受付カウンターだった場所。それを塞いでいた大きな絵がなくなった、その向こうの壁には。


 逆さの十文字。


 いや、それではわからない。


 まずその壁面には、ガーデニングに使うラティスのように、何本もの木材が、斜め十字にクロスして取り付けられていた。その壁にS字フックで吊るされていたのだ。縦に、太い棒のような物が。


 一瞬の困惑、そして皆は気付いた。それが上を向いて伸びる、ズボンを穿いた人間の脚だという事に。先頭を切って駆け寄ったのは朝陽姉様。カウンターの内側をのぞき込んで、悲鳴を上げた。


 そこには両手を広げて頭を下に、逆さ十字の形で、人間の死体が。


 それこそ、変わり果てた和馬叔父様の姿だった。


――哀れな雛子は逆さになって、赤く輝く十文字


 朝陽姉様の予言通りに和馬叔父様は殺された。それを部屋で小梅さんから聞いたとき、驚いたと同時に、心のどこかでホッとしたようにも思う。「ああ、姉様の予言は当たっていたんだ」と。私はやっぱり狂っているんだろうか。呪われているんだろうか。

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