第12話 ジャミング
「どういうつもりだ! いい加減に道を空けろ!」
原樹がまた怒鳴っている。オレはロビーの片隅の椅子に座って、アクビを一つ噛み殺した。例の
「上からの指示がなければ、通す訳には行かない」
さっきから同じ事を、機械のように繰り返している。原樹は威圧感たっぷりに、声を一段低くした。
「おまえら、公務執行妨害で逮捕されたいのか」
しかしスキンヘッドたちは、平然と答えた。
「力尽くで来るなら、こちらにも考えがある」
そしてポケットから何かを取り出し、各々腕を振った。乾いた音と共に伸びたそれは、特殊警棒。こいつら、荒事に慣れてやがる。警察を恐れる様子はまったくない。これだから宗教絡みは面倒臭い。狂信者なんぞマトモに相手にするもんじゃねえ。ジローと会話しようとする方がよっぽどマシだ。
「原樹、ちょっとこっちへ来い」
ロビーの奥から築根麻耶が呼んでいる。
「しかし警部補」
「いいから来い」
原樹は渋々スキンヘッド集団に背中を向け、ロビーの奥に歩いて行く。そして築根と言葉を交わした。オレは視線を外してジローを見る。相変わらず人形のように、隣で膝を抱えて虚空を見つめていた。そろそろ飯を食わせないとな。食わせなくても文句を言ったりはしないが、飼い主としては適切な時間にカレーライスを食わせなければならない。放っておいたら、おそらく餓死するまで何も食おうとしないだろう。コイツはそう言う意味で厄介なヤツだ。
築根たちに視線を戻すと、何やらスマホを出して困惑した顔を見せている。そして二人は、こっちに向かって歩いて来た。おいおい、何だよ今度は。
「五味」オレの前に立つ築根の顔は、少し深刻そうにも見えた。「おまえスマホ持ってたな」
「ん? ああ。それがどうかしたのか」
「いま通じるか」
「そりゃ通じるんじゃないか」
オレはポケットからスマホを取り出して、画面の右上を見た。
「……圏外だな」
「さっき、ここに入って来た時点では電波は通じていた。それは確認している」
築根は小声で周囲を見回した。オレも改めて周囲を見てみた。スキンヘッドの連中は、ロビーの隅々に立っている。その中に、黒いリュックを背負っているヤツが何人かいた。
「そんなら、ジャマーじゃねえの」
そう言ったオレに、原樹はこう返した。
「何が邪魔なんだ」
コイツは一人で漫才でもやってるつもりか。馬鹿かおめえは、そう言いたいのを、ぐっと我慢した。
「邪魔じゃねえ。ジャマーだ。ジャミング装置。電波
「そ、それくらいわかっている」
ああ、男の赤面なんぞ見ても嬉しくも何ともねえ。腹が立つだけだ。
「連中がジャマーでスマホを使えなくしていると言うのか」
築根の言葉にうなずき、オレはアゴでロビーの隅を指した。
「リュックのヤツが何人か居るだろ。アレが臭えな」
「しかし、そんな物がそうそう手に入るのか」
原樹は納得できない顔だ。アナログ世代って訳でもあるまいに。
「ネットで簡単に手に入るんだよ。別に買う事自体は非合法な商品じゃない。まあ勝手に使えば電波法違反だがな。昔はオモチャみたいな代物だったが、最近のは本格的に使えるらしい」
築根は難しい顔でつぶやいた。
「問題は理由だな」
「理由? 何の」
「ジャマーまで使って、いったい何をしたいのか。どんな目的があって……」
「んなもん、ねえよ」
真面目にクソがつくほど始末に悪いものはない。そう思ったものの、顔に出ないように注意はした。オレだって他人に気を遣う事くらいある。
「頭のおかしな連中の行動に理由や根拠を求めるなんぞ、無意味以外の何物でもない。それは医者の領分であって、オレやアンタらが考える事じゃねえ。連中はやりたいから、出来るからそれをやってるだけだ。強いて挙げるなら、支配欲でも満たされるんだろう。ジャマーにせよ、出入り禁止にせよ、それだけの話だ」
「だが、もし犯罪が計画されているのなら」
「予防が第一ってか。インフルエンザじゃあるまいし。犯罪の予防なんて、突き詰めりゃ監視社会にしかならねえぞ。まあ刑事としちゃ、その方が仕事が楽なんだろうがよ」
「おまえいい加減にしろ、さっきから偉そうに」
原樹がオレの胸倉をつかむ。今日はよく胸倉をつかまれる日だ。
「原樹、やめないか」
「ですが警部補」
原樹は悔しげに築根を見つめる。しかし築根の眉が寄るのを見て、慌てて手を放した。
「それよりも、急いだ方がいいんじゃないか」
緩んだネクタイを締め直してオレは言った。だが築根には通じなかったようだ。
「急ぐって何を」
「県警本部に連絡入れなくていいのかよ」
「スマホが使えないんだぞ」
「事務所に行けば、固定電話くらいあるだろ」
「あっ」
そのとき、ロビーに響き渡る悲鳴。事務所の方からだ。築根と原樹が駆け出した。とりあえず、オレも行ってみるか。ロビーはそこそこ広いが、全力疾走出来るほどでもない。早足で歩いても充分だ。
事務所の入り口はロビーから見えない。玄関からロビーに向かって左奥の隅をえぐるようにエレベーターホールがあり、エレベーターと事務所の入り口が向かい合わせになっているからだ。いま入り口は、原樹の背中が塞いでいる。オレはそのケツを突き飛ばした。
「あ、コラ、おまえ」
蹴り飛ばされなかっただけ有り難く思えよ。そう心の中で言いながら、開いた空間から顔をのぞき込ませた。入り口から向かって右側の事務所の中では、事務員たちが隅っこで震えている。そしてスチールの事務机の向こう側で、スキンヘッドの二人組が、両手持ちのワイヤーカッターを使って、電話のケーブルをブチブチ切断していた。
「おまえら、器物破損……」
原樹は言いかけてやめた。振り返れば背後には、スキンヘッド共が集まっている。いかに脳みそまで筋肉で出来ていようと、多勢に無勢なのは理解出来たようだ。
「あーあ、先を越されたな」
オレは事務所に背を向けると、スキンヘッドの群れを掻き分けてロビーに戻った。ジローがポツンと座っているのが見える。だが一人ではない。隣に居るのは典前夕月。何かあったのか、随分としょげかえってるな。そう思ったとき、二階に続く大階段の上から声がした。
「諸君、ご苦労」
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