Appassionato——Quarto Capitolo
慎太郎と厳太は、夕方に新宿のとある楽器屋の前で落ち合った。
選曲したのは晋太郎だった。
選んだの5曲。
「どの曲もなかなかいい曲だよな」
厳太がずらりと楽譜の並んだ本棚を見上げながら言った。
「聞いた感じ、実力があると思ったバンドの曲を選んだんだ」
「お前らしい選曲だ。みんな気に入っただろ」
晋太郎は5曲分、5冊を手に取ってレジに向かう。
その間に厳太はエスカレータの方へ向かう。
「上行ってくる」
そう言い残して、厳太が向かったのは3階。
ハイエンド、つまり高額のエレキギターやエレキベースを取り扱っているフロアだ。
若い時は毎日のように楽器屋に通ったこともあったが、今ではそんな事もほとんどない。
しかし、やっぱり楽器屋に入るとワクワクする。
この際だから、試奏させてもらおうか。
そう考えながらエスカレータを降りると、知り合いがいた。
「あれ?杏奈ちゃん?」
晋太郎の娘の杏奈だった。
「あ、厳さん!楽器屋で会うなんて珍しい!」
「お父さんも下にいるよ」
「もしかして、
「そうそう。今回のカバリングはちょっと今までとは違う方向で行くことにしたから」
「違う方向?」
「まぁ、楽しみにしててよ」
「厳ー、って杏奈もいたのか」
慎太郎がエスカレータで上ってきた。
「何か、楽器屋でお父さんと会うとか、変な気分……」
「いいじゃないかー、小さい時は一緒に来てたじゃないか」
「いつの話よ!もう10年以上前でしょ!」
「10年なんてあっという間だ、なぁ厳」
「そうそう。そんなん言ったら、杏奈ちゃんのオシメ替えてた事なんて昨日の事みたいだしな」
「ハハハ、確かに」
「辞めてよ恥ずかしい!」
杏奈も21歳、花の女子大生だ。
小さい時で、父親の友人だとは言え、裸を見られたと言われるのは恥ずかしい。
「楽譜買ったって事は、曲が決まったんだね。何やるの?」
杏奈のその言葉に、オッサン2人はニヤニヤしながら顔を見合わせた。
「当日まで内緒ー」
「杏奈にも教えられないな」
「2人して何?気持ち悪い」
「そりゃないよ、杏奈ちゃん……」
「まぁ、今回のイベントに関しては、全バンドのセトリがシークレット何だよ。テーマも『違うテイスト』って事だからね」
「何を企んでるんだか……」
「まぁ、楽しみにしててよ、杏奈ちゃん!」
セトリとは、セットリストの事だ。
バンドがその日に披露する曲順の事を指す。
しかし、オッサンが2人してニヤニヤしているのはやはり怪しい。
杏奈は曲を聞き出す事を諦めて、エスカレータに向かった。
「そろそろ大学に戻るね」
「ん?今日は休みなんじゃないのか?」
「サークルの集まり。ついでにバンド練習ー」
「頑張ってるねー!」
「最近、サークル内がギクシャクしててさー。ちょっとめんどいのよね……」
「よくある話だ。俺達も喧嘩なんてしょっちゅうだったよ。なぁ、晋」
「お前と蓮は今でも喧嘩してるしな」
「あれは蓮が悪い」
「どっちもどっちだろ」
「なんだかんだ言って、お父さん達ってホント仲いいよね」
「そうか?」
「まぁ、音楽やるならこいつらしかいないとは思ってるぞ?」
「おいおい、厳が言うとなんか気持ち悪いな」
「ホント、仲いいなぁ」
杏奈は仲良く話しているオッサン達を置いて、楽器屋を後にした。
「しっかし、今回はホントに思い切ったよな」
帰りの電車の中、晋太郎が買ってきた楽譜をパラパラと捲りながら厳太が言う。
「だいたい、お前が言い出したんだろ?俺達はよく知らなくても、オーディエンスは知ってる曲だと思うぞ」
「確かに。掴みはこの曲か?」
「あぁ。これなら、俺達を知ってる人なら大いに驚く筈だ」
「にしても、初っ端これって、智の奴、大丈夫か?」
「厳が歌うか?」
「冗談!俺にはあんな高音出ないよ」
「俺も無理だ。低音は俺が歌うけど、ちゃんと掴めるかは智次第だな」
「大丈夫だろ。
「とりあえず、楽譜はコピーして全員に配布だな。来週の練習までにアレンジも含めて各自練習」
「楽しみになってきた!しかし、5曲も1ヶ月で仕上がるか?」
「まぁ、いけるだろ」
晋太郎は安直に考えていた。
ライブまで、後3週間と4日。
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