Appassionato——Nono Capitolo
「どーも、オッサンバンドの『Lingua Franca≪リンガ・フランカ≫』です」
最初の曲を歌い終わった所で、智也のMCが始まった。
「驚かせてしまったようですみません。今回はちょっと志向を変えて、最近の曲のカバーをやります」
そのセリフに、会場がにわかにどよめく。
それは驚きと期待によるものだ。
「と言っても、俺らみたいなオッサンの情報源なんて限られていてね。今日やる曲は、全部去年の紅白で流れた曲です。あと4曲、歌える人は一緒に歌いましょう!」
笑い声の混じった声援が上がる中、会場が暗くなり、ステージが赤く浮かび上がる。
イントロの演奏が始まり、再びどよめきが起きる。
その曲は、昨年放送され大ヒットしたアニメの主題歌だ。
「マジでこの曲やるんだ」
康介が驚きの声を上げた。
先程のJ-Popも驚いたが、今度はアニソンである。
度肝を抜かれたとはこのことだ。
「父さんがスラムやってる……。初めて見た」
「スラム?」
杏奈も驚いていた。
しかし、隆明にはよく分からない。
スラム奏法とは、ベースのスラップをギターでやる様なものだ。
基本的に、ギターはピックや指を使い、弦を弾く事で音を出している。
スラム奏法はピックを使わず、手のひらでギターのボディーを叩いたり、親指や人差し指で弦を強く弾く。
ボディーの打音も入るため、ビートを刻みながらパンチのあるメロディーラインを奏でるのだ。
主にアコースティックギターでよく使われる奏法だが、エレクトリックギターにも応用できる。
パンチ力のある音になるため、この曲に合うと判断したのだろう。
それらの一連の説明を杏奈がしてくれた。
隆明に深い理解は出来なかったが、父親たちの音の迫力には圧倒された。
「凄いね……」
「結構ヘヴィにアレンジしてるな。メチャクチャかっけぇ……」
原曲もかなり激しいが、さらにアグレッシブなアレンジで嵐のような勢いになっている。
晋太郎のスラム奏法と練造のスラップの親和性も高く、その切れ味は殺人的だ。
更に智也のトリッキーなキーボードと、厳太のパワフルかつグルーヴィーなドラムがボディーブローの様に身体の芯に響く。
会場全体の熱気が上がり、まるで一つの生き物の様に、一体となって激しく動いていた。
康介はただただ圧倒されていた。
これが『音楽が好きな演奏者≪プレイヤー≫の演奏≪プレイ≫』なのだと理解した。
カッコよく見せようとしていない。
自分の激情を、楽器を介して表現しているのだ。
楽器で出せる音階は限られている。
正直、その程度では自分の感情を表現しきれないと思っていた。
それは楽器のせいではなかったのだ。
表現できないのは、自分の技術が足りないからだ。
それを痛感させられた。
『ロックは好き?』
杏奈の質問が頭を過る。
ロックは好きだ。
高校から、人よりも音楽を聴いていた方だと自負している。
しかし、大学のサークルで杏奈と出会った時、自分の『好き』というレベルがいかに低かったのかを思い知らされた。
杏奈の『好き』は『大好き』以上に『愛している』レベルなのだ。
それは杏奈の父親・晋太郎も同じ。
愛しているからこそ、こんなにもオーディエンスを沸かせる演奏が出来るのだ。
いや、そんな事は前から分かっていた。
改めて痛感させられた。
康介は軽く鼻で笑った。
「何?」
杏奈に聞こえた様だ。
「いや、何でもない」
「そう?」
父親たちの演奏を真剣に見入る杏奈の横顔。
恐らく、練造のベーステクニックを見て学んでいるんだろう。
本当は他の観客と同じように、思いのままにこの轟音に身を任せたい筈。
しかし、それをしないのは、学びたいからだ。
自分もあんな演奏が出来るようになりたい。
その想いが何よりも強いのだ。
あの親にして、この子あり。
康介はある決断をここでした。
杏奈達は後々知る事になる。
2曲目が終わり、怒号の様な声援が会場に響く中、再び智也だけにピンスポットが当たる。
一瞬で静まり返る会場に、柔らかく優しい智也のピアノが流れた。
「このセトリ、人が殺せるぞ」
観客の1人が笑いながら小声で言った。
3曲目は一昨年のTVドラマシリーズから、去年放映された映画版の主題歌。
2曲目とは打って変わって、失恋曲だ。
「驚かされっぱなしだ……」
杏奈はクスリと笑う。
全て邦楽、しかもジャンルがバラバラ、曲のテンションもバラバラ。
それなのに、観客を惹き付けて放さないこのオッサン達は、やはり凄い。
「スラムしたり、ピック使ったり、忙しい人達だな」
康介も笑った。
その声に、どこか吹っ切れた様な印象を隆明は感じた。
「康介さん、どうかしたんですか……?」
思わず声を掛けた。
隆明から声を掛けられるとは思っていなかった康介は少し驚きながら隆明を見る。
「いや、何でもないよ」
隆明は不思議そうな目で康介を見た後、再びステージに向き直った。
「『君の運命の人は僕じゃない』か……。全く持ってその通りだ」
ステージを見つめる杏奈と隆明の横顔を見ながら、康介は誰にも聞こえない声で呟いた。
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