Appassionato——Terzo Capitolo

 バンドメンバーで飲んだ次の日、ボーカルでありキーボード・シンセサイザー担当の松岡マツオカ 智也トモヤは、自宅で弁当のおかずを数種類を作っていた。

 今日は日曜で一応、仕事も休みだ。

 智也は大手チェーンのドラッグストアの雇われ店長をしている。

 元々、実家は街の小さな薬局だった。

 20年程前にその薬局をドラッグストアのフランチャイズとして建て替え、10年程前にその店も本部に売った形だ。

 一度離婚し、現在は独身。

 子供もいない智也は既に資産の整理を進めているのだ。


「こんなもんなか」


 料理も手慣れたもので、出勤の時は自作の弁当を持っていく。

 40歳を過ぎた頃から健康に気を遣うようになり、野菜中心で低カロリーな弁当だ。

 職場の女性陣からも好評である。

 作り終わったおかず達を種類ごとにタッパーに小分けし、冷蔵庫に入れる。

 それがひと段落して、智也はテレビを付けた。

 と言っても、特に見たい番組があるわけではない。

 DVDプレイヤーの電源をオンにして、テレビの横にある棚からブルーレイディスクを取り出す。

 休みの日は好きな映画を見る事が多い。


「そろそろ動画配信サービスでも使うかなー」


 正直、DVDを買うのも、借りに行くのも面倒になっていた。

 好きな映画のDVDだけでも50枚近く所有している。

 処分を考えていた。

 いつ死んでもいいように。

 智也はそんな考えを基にして生きてきた。

 恐らく、その原因は勇雄だ。

 何の前触れもなく、突然死んだ。

 様々なモノを残して、早々と逝ってしまった。

 慎太郎や練造には子供がいるし、厳太には伴侶がいる。

 しかし、自分にはその全てがない。

 いつ死んでもいいように。

 それが智也の行動原理なのだ。

 久々に2000年にアメリカで公開された映画を見始めた。

 日本での公開は翌年、12歳未満が鑑賞する場合は保護者同伴のPG-12指定されたものだ。

 まぁ、悪党が悪党を殺していくからその指定でも仕方がない。

 シナリオの作りは甘いし、ツッコミどころも多いのだが、何故か好きだ。

 劇中の音楽もいいし、見せ方がなかなかいい。

 賛否両論な映画なのだが、智也は何となく好きだった。

 見始めて10分程度でインターフォンが智也を呼ぶ。


「ん?」


 映画を再生したまま、智也はインターフォンのカメラを確認する。

 見知った人間だった。

 来るんだったら先に連絡をして欲しいものだ。

 智也は玄関に向かい、ドアを開けた。


「どうしたの?」


 ドアの前には30代半ばの女性が立っていた。


「智さん、今日お休みだから遊びに来ました」


 ニッコリと微笑むこの女性は大橋オオハシ 佐恵子サエコ

 智也のドラッグストアで働いている女性だ。


「まぁ、上がって。お茶でも淹れるよ」


 そう言って佐恵子を家に招き入れる。


「来るなら事前に連絡してよ?家にいないかもしれないから」

「智さんはだいたい家にいるから大丈夫でしょ?」


 佐恵子が映画が再生されたままのテレビを指差した。


「まぁ、そうなんだけどさ。コーヒーでいい?」

「智さんのコーヒーいいです」

「そりゃどうも」


 智也は袋の中からコーヒー豆をミルに入れ、ハンドルを回す。


「この映画知ってますよ。中学の時に見たけど、よく分かんなかったです」

「子供が見る映画じゃないよ」

「でも、なんか好きです」

「ハハハ、主演の2人がイケメンだから?」


 粉になったコーヒー豆をフレンチブレスに入れ、お湯を注ぐ。

 それと同時に砂時計をひっくり返す。


「それもありますけど、なんかカッコよくないですか?音楽とか、映像が」

「大橋さんは物好きだね」

「そうですか?普通だと思うけどなー」

「普通の人は自分の事を自分で普通とは言わないよ」

「じゃあ、変人って言った方がいいんですか?」

「まぁ、大橋さんは変人だよね」


 ちょうど砂時計が落ち切った。

 智也は笑いながらコーヒー豆をプレスして、2つのマグカップに注ぎ分ける。


「酷くないですか?」


 佐恵子が少しむくれる。

 智也は笑いながら片方のマグカップを手渡した。


「俺みたいなオジサンの家に、好き好んで来る時点で変人だよ」

「智さんは充分魅力的ですよ?」

「こんなオジサンの何処が良いのか」

「う~ん」


 佐恵子は少し考える振りをして、ニッコリと笑いながら智也に向き直る。


「エロそうな所?」


 流石の智也もその答えに面食らった。

 智也と佐恵子は恋人関係である。



 ベース担当の中津ナカツ 練造レンゾウは、僧衣のままフェンダーのジャズベースを抱えていた。

 空き時間で暇なのでベースを弾き始めたのだ。


「檀家には見せられないわ……」


 ノリノリでスラップをかましている父親の前を、大学生の次男・隆明タカアキが溜息を吐きながら通り過ぎた。


「俺がバンドマンだった事はみんな知ってるから大丈夫だ」

「何がどう大丈夫なんだよ。サボってベース弾いてんじゃねー」

「サボってない、時間潰しだ」


 父親の姿に再び溜息を吐く息子。


「そんなんだから厳オジサンから生臭って言われるんだ」

「アイツは俺を目の敵にしてる」

「こんな坊さんになりたくねぇ」

「なんだ?お前は厳太の味方か?」

「オッサンの醜い争いに巻き込まないでくれ」

「醜いとは失敬な!男の信念の戦いだ!」

「勝手にしてくれ……。そういや、来月ライブやるんだろ?」

「あぁ、来るか?」

「いや、いい」

「杏奈ちゃんも来るかもよ?」

「……、考えとく……」

「ハハハ、考えとけ考えとけ」


 そうは言ったものの、曲もまだ決まっていない。

 正直、有名どころは制覇してしまった気がする。

 少し考えた後、練造はスマホのアプリを起動させた。

 バンドメンバーが参加しているグループチャットに思い付いた事を書き込んだ。

 他のメンバーも練造の案に賛成した。

 今度は少し志向を変える事にしたのだった。 

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