Cantabile——Settimo Capitolo
「貴方がリュウ?」
玄関に立っていたのはブロンドの髪と整った顔立ちが印象的な外国人の女性だった。
「どちら様ですか……?」
三島が恐る恐る訊ねる。
しかし、何処か見た事のある女性だと思った。
何処で見たのかは覚えていない。
三島が必死に記憶を辿っていると、榎本がいきなり大声を出した。
「ああ!ユリア・ヘルゲン!ヴァイオリニストの!!」
その名前を聞いて、三島も声を上げた。
ユリア・ヘルゲン、ドイツ人。
20代前半で天才美人ヴァイオリニストとして、世界的に有名になった女性だ。
登録者が100万人を超える自身のYoutudeチャンネルで、ヴァイオリン以外にピアノなどの演奏もアップロードしている。
親日家としても有名で、ある程度流暢に日本語を喋れるらしいが、日本での公演は未だに一度もない。
そんなヘルゲンが、何故三島の家を訪れたのか。
その場にいる全員が理解できなかった。
「ユリア……さん?本物?」
三島がマジマジとヘルゲンを見る。
「本物だヨ!リュウ!貴方に会いに来た!」
そう言って三島を強く抱き締めるヘルゲン。
思わず顔を真っ赤にする三島。
その様子を冷ややかな目で見る榎本と高岡。
「ちょ、ちょっと待って!なんで俺に?」
「貴方に見せないといけないものがありマス!私に付いて来てください!」
ヘルゲンは三島の手を握るとそのまま玄関を出て行ってしまった。
「え?」
「どういう事?」
あまりの唐突な出来事に榎本と高岡は立ち尽くした。
冷静に考えて、これは誘拐ではないだろうか。
「ちょっと待って!」
榎本が急いで外に出ると、三島とヘルゲンを乗せたタクシーが何処かへ発進してしまった。
「榎本先生!」
慌てて高岡も外に出たが、既に後の祭りだった。
「どういう事ですか!誘拐じゃないですか!」
「そうなんだろうけど……。ちょっと引っ掛かるなる事もあって……」
頭を掻く榎本。
ユリア・ヘルゲンには、デビュー当時からある噂があった。
それは一般にはあまり知られていない、クラシック界でまことしやかに囁かれる程度の噂。
「引っ掛かる事……?」
「えぇ、ユリア・ヘルゲンの母親イザベル・ヘルゲンと隆司のお父さん、三島 尊は一時期付き合っていたの。だから、ユリアは先生の隠し子なんじゃないかって言われてるの……」
「隠し子……?じゃあ……」
「腹違いの姉かもしれないって事……」
二人は押し黙った。
腹違いの姉だとしても、これは誘拐に違いないのだが、あの二人が向かった場所も分からない。
警察に連絡すべきなのだろうが、榎本はユリアの様子から何かを感じ取ったのは確かだった。
「ユリアに任せてみましょう……」
「任せるって……?」
「隆司のジストニアに関してはユリアも知ってる筈。先生とイザベルさんの交友は先生が亡くなる直前まで友好だったらしいから……」
「何か効果的な治療法を知ってるかもしれないんですね……」
「とにかく、二人の帰りを待ちましょう」
「行き先が分からない限り、何も出来ませんしね……」
二人は諦めて家に戻る。
「でも、ユリアの日本公演なんて予定されてないわよね……」
榎本はリビングのソファーに座りながら言った。
世界的に有名で、日本でも人気のあるヘルゲンだが、ドイツを拠点に主にヨーロッパで活動しており、多忙な日々だと音楽雑誌に載っていた気がする。
そんなヘルゲンが日本での公演予定もないのに、何故日本に来ているのか。
取材などが全く付いていない事を考えると、完全なお忍び旅行なのだろうが、その目的が隆司のみである事も考えにくい。
「そんな事より、もう遅いから高岡ちゃんは帰りなさい。今日は私が送って行くから」
時計は既に22時を過ぎていた。
「もうこんな時間!今日も長居してしまってすみません……」
「いいのよ、隆司も喜んでるし、私も嬉しい。隆司たちもその内帰って来るだろうから、その時は連絡するように言っとくね」
「ありがとうございます」
高岡は榎本と一緒に家路についた。
三島の事は心配だが、すぐに帰って来るだろうと思い、その日は何も考えずに眠りについた。
しかし、それから3日が経っても隆司は帰ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます