Agitato——Terzo Capitolo
「今日は時間あるのか?ヒカル」
雅樹達はコーヒーショップを出て、移動していた。
「うん、今日は大丈夫。この間はゴメンね。急に呼び出されて……」
「レーベルの人からだろ?」
「うん」
「それなら仕方ないじゃん」
3人は靖国通りを四谷方面へ向かって歩いていた。
『歌舞伎町一番街』と書かれたアーチの前を通過し、ドン・キホーテが見てきた。
日曜という事もあり、恐ろしく人が多い。
特にギターやベースを入れたギグバッグを背負った雅樹と輝は歩きにくい事この上ない。
「しっかし、相変わらずの人の多さだなぁ」
佑太がぼやくように言った。
「仕方ないだろ、3人の時間が合うのが今日しかなかったんだから」
スケジュール調整と練習スタジオの手配はいつも雅樹がやっていた。
最近はお互いの本業が忙しく、なかなかスケジュールが合わなかった。
レーベルからデビューの話を受けた輝は特に、ここ1週間時間がなかったようで、5日前のバンド練習も欠席したのだった。
なので、3人が顔を合わせたのは2週間振りになる。
「そういう事じゃなく、なんで新宿ってこんなに人多いのよ……」
佑太が溜息混じりに言った。
佑太は基本的に人混みが嫌いだ。
バンド練習も出来るだけ平日にやろうと言う。
人出が多い土日は可能な限り外に出たくないらしい。
「平日でも人多いもんね。夜とか特に」
輝はヒラリヒラリと通行人に接触する事なく、一定のスピードを保ったまま歩いている。
その姿を見て、前世は忍者か何かではないかと、雅樹はいつも思うのだった。
「歌舞伎町は夜の街だからなぁ。ヒカルは気を付けろよ?ホストからナンパされるぞ」
雅樹が輝に忠告する。
実際、雅樹と輝の二人で歩いていた時にカップルと間違えられたことが何度もある。
逆に佑太と輝だと姉弟と言われるらしい。
「あぁ、よくあるね」
「あるんかい!」
思わず佑太が突っ込んだ。
「男だって言っても信じない人多くて」
輝はアハハと笑った。
「だろうな……」
「そういう時どうすんの?」
輝の外見だと日常茶飯事なのだろう。
佑太は何気なく訊ねた。
「ん?股間触らせる」
「!?!?」
あまりの衝撃に雅樹と佑太の動きが止まった。
「冗談だよ。免許証見せるんだ」
輝は笑いながら言った。
「ビックリさせるなよ!」
雅樹が頭を抱えながら言った。
「育て方間違えたかと思った……」
佑太も頭を抱えている。
「むしろお前の方が面倒見てもらってるだろ」
「確かに!」
両手で雅樹を指差しながら佑太が真面目なトーンで言う。
「たまに、男で良いからホテル行こうって言われるから困るんだよね」
「え?」
再び2人の動きが止まった。
「冗談だろ?」
雅樹は笑いながら言った。
「ううん、今度はホント。案外いるみたいだよ、男も抱ける男の人って」
輝が飄々と答えた。
「ヒカル!変な男には付いていくなよ!」
雅樹は輝の両肩を掴む。
まるで、父親が息子に言い聞かせている様だ。
「年頃の娘を持った父親のセリフだね」
雅樹の言葉を笑って聞いている輝。
ちょうど東通りという小道が交わる辺り差し掛かった時だ。
3人は東通りから足早に出てきた人とぶつかりそうになった。
「おっと、危なっ」
「あ、すみません……」
ぶつかりそうになった輝が咄嗟に謝る。
男の顔を見上げると、知った顔だった。
「コージ!」
「おう、お前らか……」
康嗣だった。
安いシャンプーの匂いがする。
「何してんだ、お前」
雅樹が康嗣に言う。
「どうせまた女漁りか風俗だろ」
佑太が吐き捨てるように言った。
「うるせぇ、お前らには関係ねーだろ」
「んだと!」
康嗣の胸倉に掴みかかろうとする佑太を輝が止めた。
「まぁまぁ。コージ、今から練習行くけど、一緒に来る?」
輝は笑顔だった。
しかし、康嗣は輝のその笑顔が嫌だった。
「……、帰って寝るわ。じゃ」
康嗣はそのまま駅の方向へ向かった。
「どーせアイツは来ねーよ」
佑太は不機嫌そうに再び歩き出した。
「ヒカル、行こう」
「うん……」
雅樹に言われ、康嗣の背中を見つめていた輝の歩き始めた。
「クソ……」
康嗣は駅に向かう途中、延々と悪態を吐いていた。
輝とは長い付き合いだ。
アイツが笑顔の下で何を考えているのか、何となくだが康嗣には分かっていた。
邪魔だと思っているのだ。
雅樹や佑太以上に、輝は強く。
何故こうなってしまったのか、何時からこうなってしまったのか。
どうすれば3人に追いつけるのか、どうすれば許してもらえるのか。
康嗣にはもう分からなかった。
自宅に帰った康嗣は、徐にギターを手にする。
小型のアンプに繋ぎ、ヘッドフォンをして夜になるまで乱暴に弾き続けた。
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