Agitato——Seconda Capitolo

 目が覚める。

 スマホを確認すると、もうすぐ昼の12時になるところだった。

 隣には一糸まとわぬ姿の女が寝ている。

 康嗣コージは大きな欠伸をしながら立ち上がり、全裸のまま浴室へ向かう。

 熱いシャワーを浴びる。

 シャンプーで頭を洗っていると、先程までベッドで寝ていた女が浴室に入ってきた。


「起きてたの?」


 女は康嗣の後ろから抱き付き、耳元で囁く。


「さっき起きた」

「もう帰るの?」


 誘うような声を出しながら、女はゆっくりと康嗣の下腹部へ手を伸ばす。


「まだヤるのか?」

「出来るでしょ?」


 康嗣は一つ溜息を付き、女に向き直ると濃厚なキスをした。

 お互いの生殖器を愛撫し合う。

 浴室の中を湯気が満たしていった。

 この女は康嗣たちのバンドのファンだ。

 元々はヴォーカルである輝のファンだったが、輝を呼ぶからと康嗣が飲みに誘った。

 勿論、輝は呼ばなかった。

 女が文句を言いだす前に酔わせ、そのままホテルへ連れ込んだのだ。

 康嗣にとってはいつもの事である。

 そのルックスと歌唱力で、女性ファンから圧倒的な人気を誇る輝。

 自分の音楽というものをしっかりと持っており、性格も良く、真面目な輝は、他のバンドメンバーからも人気だ。

 康嗣とは全くの正反対。

 自分が持っていないものを持っている輝が、いつしか妬ましく、目障りに思っていた。

 輝を目当てに集まって来る女性ファンに手を出し、他のバンドメンバーとは喧嘩をし、バンド練習もサボる。

 気が付いた時には、ベース担当の輝の方が巧みにギターを弾いていた。

 その上に、輝には有名レーベルのスカウトマンからソロデビューの話が来ているらしい。

 何もかもが輝に負けていた。

 自分が何故バンドをやっているのか分からなくなっていた。

 本当に音楽が好きなのかさえ分からない。

 大袈裟に喘ぐ女を後ろから突き上げながら、康嗣は延々と晴れない鬱憤を溜め込み続けていた。



「ヒカルー!」


 雅樹と佑太はコーヒーショップのテラス席に座って、煙草を吸いながらコーヒーを飲んでいた。

 輝の姿を見付けた佑太が立ち上がり手を振る。


「ごめんごめん、遅くなったー」


 輝は困ったような笑顔を見せながら、雅樹たちのテーブルの開いた席に座る。


「無理に呼び出して悪かったな」


 雅樹は終始真剣な顔つきだ。


「ううん、何となく想像付くし。とりあえず、コーヒー頼んでくるね」

「いいよいいよ、俺が買ってくるから!ドリップのショートだっけ?」

「うん、ありがと!」


 佑太が輝の代わりにカウンターへ向かった。

 雅樹は一口コーヒーを飲み、重そうな口を開いた。


「コージの事だ」

「だと思った」

「その前にヒカル。デビューの話は本当か?」


 雅樹のその問いに、輝は真っ直ぐに答えた。


「本当だよ。ソロデビューの話が来た。けど、俺は断るつもりだよ」


 あっさりと答える輝に、雅樹は驚きはしなかった。


「バンドでのデビューは断られたんだろ?」

「……、うん。僕だけがシンガーソングライターとしてデビューするって話

って、もう断ったのか!?」


 流石にそこには驚いた。

 輝のデビューの話が噂になり始めたのはここ5日程度。

 既に断っているとは、雅樹も予想していなかった。


「僕はバンドマンだ。ソロで、しかも作曲も出来ないのにシンガーソングライターとしてデビューなんて出来ない。僕はマサキの作った曲が歌いたいんだ」


 輝の言葉は正直嬉しかった。

 しかし、折角のメジャーデビューをそんなに簡単に蹴っていいとは思えなかった。


「ヒカル、お前だけでもデビューしろ。俺やユータもそれを望んでる」

「そうだって!勿体ないだろ!」


 輝の分のコーヒーを買って戻ってきた佑太も雅樹に同調する。


「先に進んでくれよ、ヒカル。俺もマサキも、お前がもっと大きいステージに上がってくれる事を願ってるんだぜ」


 煙草に火を点けながら、悪戯っぽく佑太が笑う。


「でも、それじゃバンドが……」

「バンドは既に死んでる」


 雅樹が遮るように言い放った。


「コージはもう戻ってこない。俺やユータはお前と一緒に行けない。俺達はお前のお荷物になりたくないんだ」


 雅樹がしっかりと輝を見据える。

 輝は困った笑顔のまま、頭を掻いた。


「すぐに答えを出せって訳じゃない。ただ、俺達の事は心配しなくていい」


 輝は少し考えた後に、ゆっくりと喋り始めた。


「ハッキリ言っていいかな……?」

「あぁ」

「コージさえいなければ、バンドとしてメジャーデビュー出来ると思うんだ」


 輝のその言葉に、雅樹も佑太も驚いた。

 輝と康嗣は幼稚園からの幼馴染で、中学から知り合った雅樹や佑太とは比べ物にならないくらいの仲の良さだったのだ。

 バンドをやろうと言い出したのは雅樹だが、きっかけとなる夏フェスに行こうと言い出したのは康嗣だった。

 そんな康嗣が何かトラブルを起こした時、真っ先に康嗣をフォローしていたのが輝である。

 康嗣を最も庇っていたのが輝であったため、こうして最後に相談する事になったのだ。

 その輝が、康嗣を排除する方向の話をするとは、雅樹も佑太も予想外だった。


「今のバンドはコージのせいでダメになってる。マサキが作った曲に文句を言う、ユータのプレイにのいちゃもんを付ける、僕の事は完全無視。ファンに手は出すし、対バン相手に殴り掛かる上、練習もしない。マサキの作曲は完璧だよ。マサキは売れる曲を狙って作れるんだ。それをコージが妨害してる。僕ら3人ならデビュー出来るよ、必ず」


 輝には強い確信があるようだった。

 雅樹と佑太は顔を見合わせ、スリーピースバンドとしての再出発を本格的に考えるべきだと感じた。

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