Cantabile——Nono Capitolo
遂に合唱コンクールの予選会当日になった。
未だに三島は戻ってきていない。
「結局、当日になっちまったな……」
「うん。でも、高橋君のお陰でみんながまとまった。ありがとう」
高岡は高橋にお礼を言った。
あの日、高岡にハンカチを渡したのがこの高橋だ。
三島が不在の中、代わりの指揮者としてクラスをまとめ上げていた。
「指揮者がこんなに難しいとは思わなかったぜ。リズムを一定に保ちながら、曲の流れを指示するとか……。頭パンクするわ……」
本番前でざわつく教室の中で高岡と高橋は笑った。
「はーい、そろそろ体育館に移動するわよー!」
榎本の声に従い、生徒たちは緊張した面持ちで体育館へ向かう。
「榎本先生、三島君はやっぱり……」
高岡がこっそりと榎本に話し掛ける。
「うん。まだ戻ってないみたい。一応、隆司のLINEには今日が予選会の本番だって送ってるけど……」
「私達の順番、最後でしたよね?」
「うん、12番目。それまでに学校に来てくれればいいんだけど……」
榎本もソワソワしているようだ。
全くの音信不通なのが何よりも不安にさせる。
「大丈夫……。来ますよ、三島君は」
榎本とは対照的に、高岡は確信しているようだった。
「何?彼女としての勘?」
榎本が嫌味の様に言った。
しかし、それすら高岡は笑顔で切り返す。
「私の憧れたヴァイオリニストを信じてるだけです」
3年生以外の全校生徒が体育館に集まった。
独特な緊張感の中、予選会が始まった。
♪
「リュウ、Geht es dir gut ?(大丈夫?)」
三島は泣いていた。
自然と涙が零れ落ちていた。
「大丈夫……。大丈夫だ……」
自分に言い聞かせる様に呟く。
納得出来た訳ではない。
しかし、この涙は恐らくそういう事なのだろう。
「これが本当なら、俺はまた
三島は自分の手を見つめた。
「Natürlich ! (勿論!)その時は、私としましょう!」
そう言って、ヘルゲンは三島を優しく抱き締め、頭を撫でた。
何故か分からないが、溢れ出てくる涙を三島は止められなかった。
♪
10番目のクラスがステージに並んだ。
高岡たちのクラスは舞台袖に通され、待機させられる。
クラス全員が緊張していた。
空気は張り詰め、息をする事すら許されない様な雰囲気が漂っている。
「ダメだ……、緊張する……」
生徒達が口々に不安を漏らす。
他のクラスの合唱など、全く耳に入ってこない。
高岡も例の洩れず、冷え切った両手が小刻みに震えていた。
「みんな、リラックスだ!リラックス!」
高橋が必死に言うが、当の本人もガチガチに緊張している。
「高橋君、大丈夫?」
高岡が高橋の方を見る。
「全然大丈夫じゃない……。野球の試合でも、こんなに緊張した事ないっての……」
そう言って両手を強く握り締めていた。
すると、10番目のクラスの合唱が終わり、11番目のクラスがステージへと上がっていった。
「次だ……」
生徒たちの顔が青ざめて行く気がする。
これでは合唱どころではない。
ステージに上がったクラスが整列し、指揮者が台に上がりお辞儀をした時だった。
「お!間に合ったか!」
舞台袖と外を隔てていた扉が勢いよく開いた。
「三島君!」
「三島!」
全員が声を上げた。
「静かにしなさい!」
ステージ袖で生徒を誘導していた教師から怒られた。
「すみません……」
クラス全員が小声で謝る。
三島達を睨み付けた教師は、指揮者台の上の生徒に合図を出した。
指揮者の生徒は頷いてタクトを振り上げる。
11番目のクラスの合唱が始まった。
「次か?」
「うん、とにかく間に合ってよかった!」
高岡が三島の手を握った。
「おい、三島」
高橋が三島の前に歩み出た。
「みんなに言う事があるだろ」
高橋は怒っていた。
クラス全員をいきなり姿を消し、不安にさせたのだから当然と言える。
「あぁ、そうだな。今回はすまなかった。一身上の都合とは言え、理由も言わずに今日まで学校を休んでしまった。本当に申し訳ない」
三島は深々と頭を下げた。
「お前が何処で何をしてたかなんてどうでもいい。それより、指揮者、やるんだろ?」
「俺がやっていいのか……?」
その三島の言葉に、高橋は笑った。
「お前じゃないと無理だ。俺じゃ途中で混乱してくる。それに、お前がいない間、お前の彼女頑張ってたんだぜ?褒めてやれよ」
高橋のその言葉に、高岡がビクリと身体を強張らせた。
「高橋君!私、別に彼女って訳じゃ……」
耳まで真っ赤にしている高岡の顔を三島が見つめる。
「高岡……、お前、可愛くなったな」
「え!?」
「眼鏡、やめたのか?」
「え?うん……」
「高岡な、俺らにブチキレて、眼鏡ぶっ壊したんだよ」
高橋が高岡の肩を抱きながら笑って言った。
「ぶっ壊した!?」
「お前がいなくなったのが原因だぞ?みんなのモチベが下がって、合唱やめそうになった時に高岡がキレたんだよ!」
「ちょっと、高橋君!その話は……」
「良いじゃねーか!『合唱は私の彼氏の作品だから辞めさせない!』ってな!」
「そんな事言ってないよ!」
「だいたい合ってるじゃん!」
「そうそう!」
あわあわしている高岡をクラス全員がいじり始めた。
「そっか、ありがとな、高岡」
三島は笑わずに、高岡の目を見ながら感謝を述べた。
「いや、その……。私だけじゃ三島君みたいにはまとめられなかった。高橋君や、みんなが協力してくれたから、今日までちゃんと練習できたんだよ。みんなのお陰だよ……」
高岡はクラス全員にありがとうと頭を下げた。
「さて!」
一通りやり取りが終わった後、三島はクラス全員の方へ向き直った。
「お前ら、もう緊張なんかしてないな?」
三島の言う通り、誰一人として強張った顔をしていない。
「よし、俺がいない間にレベルアップしたであろうお前らの実力を、俺に見せてみろ。いいか、今日はまだ前哨戦だ!俺達が目指すのは何だ!高橋!」
「そりゃ優勝以外にない!」
「そうだ!でも、今日勝たなければ本戦に出れない!観客にはなりたくねーだろ!」
「当たり前だ!」
先程まで、緊張で冷え切っていた舞台袖が、三島の言葉で熱量を上げている。
生徒を睨んだ教師も、それを背中で感じ取っていた。
やがて、11番目のクラスの自由曲が終わる。
それが終われば、三島達のクラスだ。
タクトが譜面台に戻され、ステージ上の生徒たちが礼をする。
いよいよだ。
「歌で観客をブチのめしてやるぞ!」
「シャー!」
「行くぞ!」
高岡を先頭に、生徒たちがステージに上がる。
最後尾の三島は指揮者台へ向かい、観客に向かって頭を下げた。
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