Appassionato——Sesto Capitolo

「親父、ギターとベースとドラム、どれが一番簡単?」


 隆明はゴロゴロしていた練造に聞いてきた。


「何だ?バンドやるのか?」

「出来る楽器があればだけど……」

「ハハハ!」


 盛大に笑う練造。

 それが何ともムカつく。


「何だよ……」

「お前なぁ、そんなん言ってたら一生どの楽器も出来ねーよ」

「なんでだよ?」

「どれも簡単じゃない。例えば、俺とか杏奈ちゃんがやってるベース。お前、バンドでのベースの役割は分かるか?」

「え?」


 そんな事をいきなり言われても、やった事のないものは分からない。


「俺に分かる訳ないだろ」

「低音でボトムを支える、リズムを生む、ギターやピアノとのハーモニーでコード感を出す、メロディ感を出して安定感と浮遊感のメリハリを出す。こんな感じかな?」

「ゴメン、よく分からん……」


 隆明には全く理解できなかった。


「ベースとドラムはリズム隊って呼ばれる。まぁ、リズム楽器だな。でも、ドラムと違って、出せる音域は広い。これを生かして、低音の安定感と浮遊感をコントロールし、それと同時にギターやピアノとのハーモニーで曲に厚みを持たせるんだ」

「つまり、色々やってるって事?」

「そうだな。リズムだけなら何日か練習すれば出来るが、それはバンド向きの演奏じゃない。そんな演奏するぐらいだったら打ち込み音源でも出来る」

「確かに。リズムキープは機械の方が正確だからな」

「けど、ライブじゃリズムキープなんて考えなくていい。勢いに任せてかっ飛ばしてもいいし、あえて甘くゆっくりやるのもありだ。ライブはオーディエンスとのコミュニケーションなんだよ」

「なるほど……?」


 結局、隆明にはピンと来ない。


「そうだな……。例えば芸人の漫才やコントを思い出せ」

「何故に芸人?」

「いいから。芸人は与えられた時間の中で芸を披露するけど、上手い漫才師は後半になると勢いに乗って、畳みかける様に笑いの波を作るだろ?」

「まぁ、そうだな」

「あれと同じだよ。オーディエンスがノッてる時に、その勢いを合わせて走り気味に曲をやる。それで更に会場がぶち上るんだ」

「つまり、そういう緩急を付けれるのがいいって事?」

「そういう事。CD音源通りにやればいいんじゃない。オーディエンスと一体となって演奏する。それが出来るようになるには、どの楽器もそれなりに時間が掛かる」

「なるほどね……」

「しかし、何で楽器やりたいとか言い出したんだ?」


 練造には素朴な疑問だった。

 今まで何度も楽器をやらないかと聞いてきた。

 それこそ、小学校に通っている時からだ。

 それでも、絶対にやらないと言っていた隆明が、いきなり楽器がやりたいと言い出した。

 頭でも打ったのかと思ったのが正直なところだ。


「いや……、別に……。ただ、ちょっと興味が出てきて……」

「杏奈ちゃんか?」


 練造がニヤリと笑う。


「そういう訳じゃ……」

「辞めとけ。杏奈ちゃんは俺も認めるくらいのロックンローラーだ。下手に音楽齧ってると、逆に付き合えないぞ」

「どういう事?」

「晋の英才教育の賜物だ。そんじょそこらのインディーズより、よっぽどしっかりしたロック論を持ってる。テクも気迫もある。デビューする気がないのが勿体ないくらいだ」


 杏奈の事をここまで褒める練造も診た事がなかった。

 いつも上手いと言っていたが、そんなに上手かったのか。


「杏奈ちゃんと付き合いたいなら、下手に音楽やらずに、今のままぶつかれ」


 ニカっと笑いながら、練造は隆明の肩を叩いた。


「うむ……。てか、なんで俺が杏奈さんの事を好きだって知ってんだよ!」


 今更ながら、隆明は顔を赤らめながら言った。


「バーカ、小っちゃい時から言ってたじゃねーか。杏奈ちゃんが可愛いって」

「んな事!」

「何年越しの初恋なんだか。まぁ、杏奈ちゃんもバンドマンなんかより、普通の男の方が付き合いやすいだろう」

「うぅむ……」

「今はフリーの筈だぞ、杏奈ちゃん。大学でサークルの先輩と付き合ったけど、すぐに別れたらしいから」

「なんでそんな事まで知ってんだよ……」

「晋からの情報だ。やっぱ下手なバンドマンは杏奈ちゃんには無理なんだよ」

「でも、共通の話題はあるじゃん?」

「それこそ地雷だ。知識も技術もべらぼうに高いんだ。音楽論の話になって、地獄を見る事になる」

「そんなもんなのか……」

「そんなもんだ。むしろ無知の方が色々と教えてくれていいと思うぞ」


 父親のアドバイスを聞いて、なるほどと納得した。

 納得したが、ふと気が付く。


「親父、面白がってるだろ?」

「え?」


 練造は終始ニヤニヤと笑っている。


「バレちゃった?だって面白いじゃん?他人の恋路の話なんて!」

「このクソ親父が!」


 隆明は出て行ってしまった。


「杏奈ちゃんも悩んでる時期だからな。お前なら支えてやれるんじゃないかな」


 練造は出て行った隆明には聞こえないと分かっていながら、そんな事をポツリと漏らした。

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