Appassionato——Quinto Capitolo
杏奈はイライラしていた。
原因はサークルメンバー。
完全にダレている。
しばらくライブがないからだ。
年を越してまだ半月しか経っていない。
そろそろ後期試験があり、それが終われば春休み。
しっかりと単位が取れていれば4月から4年生。
試験モードに入っているメンバーは練習には不参加で、参加しているメンバーはだらけている。
既に留年が決まっている奴もいるし、諦めている奴もいる。
ハッキリ言って、雰囲気は陰鬱だ。
「はぁ……、やる気ないなら帰るわ……」
杏奈は自分のギターをギグバッグに仕舞う。
「えー、杏ちゃん帰るの?」
バンドメンバーでベース担当の
「だって、やる気ないじゃん。こんなんでやっても意味ない」
杏奈はギグバッグを背負った。
「じゃあ、私も帰る。一緒に帰ろー」
そう言って明奈も帰り支度を始めた。
「何だよ、二人とも。もう帰るの?」
そう言って近寄ってきたのは一つ年上の
元は1学年上の先輩なのだが、去年留年したため、今年は同じ学年だった。
ちなみに、一昨年までは杏奈と恋人関係だったのだが、その怠惰な性格が合わずに半年ほどで別れた。
未だに馴れ馴れしく話し掛けてくるのが鬱陶しくて仕方ない。
「はい、帰ります。まともに練習しないなら、誰かさんみたいに留年したくないので勉強します」
「それを言われると痛いなぁ」
「じゃ、お先です、先輩」
そう言って杏奈はサークルの練習部屋を出て行った。
「痛烈だなぁ」
「アタシも帰りまーす」
「アッキーも帰るの?」
「ここは師匠に従うです!」
「師匠?」
「杏ちゃんは私のロックの師匠です!杏ちゃんはいつも『ロックやるなら命を削れ。命を掛けないロックなんてブタに食わせろ』ってね」
「言いそう……」
「じゃ、お疲れでしたー」
女子2人が帰った後、男だけが残された。
「命削れねぇ……」
康介が呟く。
「今時有り得ないっしょ、命削れだとか」
話を聞いていたであろう他のメンバーが笑いながら言った。
「時代錯誤もいいとこだろ。なに?命削れって」
「古くさ!昭和かよ!」
「今は令和だっての!タイムスリップして来たのかよ!」
口々に杏奈の言葉を馬鹿にした。
それもそうだろう。
こういう連中はモテそうだからバンドを始めた部類だ。
きっかけは何でもいいのだが、結局はモテる為の手段としてしか考えていないタイプで、成長などとうの昔に止まっている。
惰性で楽器を握り、自分を飾り立てる事だけに重きを置き、「音楽を愉しむ」という事を放棄しているのだ。
真剣にやったところで、メジャーデビュー出来る訳でもない。
学生時代を楽しめればそれでいいのだ。
康介もそういう連中と同じだった。
杏奈と付き合ってる時の事だ。
一度だけ、杏奈の両親に会った事がある。
杏奈が康介の事をサークルの先輩だと紹介すると、嬉しそうに話し掛けてくれた。
しかし、その内容が康介には高度過ぎた。
杏奈がフォローしてくれたが、音楽に掛ける想いの違いを痛感した。
それ以来、自分が何故このサークルにいるのか、分からなくなった。
「康介?なに、ボーッとしてんの?」
そんな事を思い出していた康介の肩を、友人が叩いた。
「なに?まだ未練があんのか?」
康介は黙ったままだった。
「辞めとけよ、時代錯誤女なんて」
「それより、お前今年は大丈夫なのか?あっちの方が先に卒業したりして!」
「そう言うお前もだろ?」
「お前だって!」
「ま、俺らは留年トリオだからな!」
「ギャハハハ!留年トリオって名前でバンド組むか!」
「お!いいね!サークルの伝説になるぞ!」
「伝説というより、ホラーだよな!」
2人は爆笑していた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
康介はそう言って部屋を後にした。
「いてらー」
「……、追い掛けんのかな?」
「さぁ、杏奈と付き合ってから、アイツもよく分からん所があるから」
康介は杏奈を追い掛けた。
何故かは自分でも分からない。
杏奈と明奈は最寄り駅へ向かう長い下り坂を並んで歩いていた。
「杏奈!」
康介が杏奈を呼び止める。
「何ですか?」
鋭い視線。
残り5メートルの距離だが、近付く事が出来い。
「いや、その……」
「用もないのに呼び止めないで下さい」
冷たく言い放つ杏奈。
「杏奈はさ……」
何とか絞り出した声は、自分でも驚く程かすれていた。
「杏奈は、何でバンドやってるんだ……?」
何故こんな質問をしているのだろう。
しかし、思わず出たセリフがこれだった。
「何言ってんスか?」
明奈が呆れている。
そんな明奈の肩を叩いて、杏奈は康介に向き直った。
「好きだからですよ。私は音楽好き、ロックが好き。それが理由です。それ以上に必要ですか?」
何の迷いもない、真っすぐな答えだった。
「そういう康介は、音楽は好き?ロックは好き?」
杏奈の問いに、言葉が詰まった。
本当に自分は音楽が好きなのだろうか。
「好きじゃないなら辞めちまえ。知識も技術も要らない。本当に必要なのは好きだって気持ち」
「ロックやるなら命を削れ!」
明奈が康介を指差しながら言った。
杏奈は明奈の頭を軽く撫で、下り坂を歩いていく。
康介はだたそれを見送るしか出来なかった。
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