Agitato——Articolo Capitolo
輝の言葉は、遅れて来た雅樹と佑太の耳にも届いていた。
その言葉に、3人が愕然とした。
「ほら、君!ここは関係者以外立入禁止だ!出て行きなさい!」
動けなくなった康嗣を、守衛が無理矢理外へ連れ出そうとした。
「ヒカル!」
今度は佑太の声だった。
康嗣と同じく、走り込みながら拳を振りかぶる。
「辞めて下さい!」
マネージャーが再び輝を庇い、今度は佑太の拳で2メートルほど吹っ飛ぶ。
「アンタには関係ないだろ!」
「関係あります!」
マネージャーは切れた口元から血を流し、佑太を睨みながら言った。
「私はヒカルさんのマネージャーです!彼のスケジュールを管理し、彼を守るのが、私の仕事ですから!」
彼女は両手を広げ、輝と康嗣達の間に立ちはだかった。
「彼は今から別の収録に向かいます。顔に傷なんて付けさせません!殴りたいなら私を殴って下さい!」
立ちはだかりながら、既に膝が笑っている。
そのマネージャーの後ろで、全く表情を変えない輝が腹立たしいくて仕方ない。
「ヒカル!マネージャーの女の子に守られて、何も感じないのか!?」
守衛に押さえられながら康嗣が叫ぶ。
「僕はもう会社の商品なんだ。当然だ」
「お前……、そこまでクズになったんだな……」
佑太が呆れるように言った。
「皆さんは、ヒカルさんのバンドメンバーさんですね……?」
マネージャーが3人の顔を順番に見て言った。
「ヒカルさんが考えている事を、今から話します。いいですね、ヒカルさん」
輝はゆっくりと頷いた。
「ヒカルさんは、今の音楽業界の流れを理解しています。それは、皆さんも同じではありませんか?」
マネージャーが言うには、今はバンドが売れる流れではないという。
確かに、いわゆる2010年代の『第五次バンドブーム』は未だに続いていると言われるが、サザンオールスターズを代表とする70年代後半から80年代前半の『第一次バンドブーム』やMr.Childrenやウルフルズなどのバンドと共に、小室哲哉がプロデュースしたアーティスト達が作り出した邦楽の黄金期ともいえる90年代の『第二次バンドブーム』の様に熱狂的とは言えない。
一部で燃え上がっているが、それが他に波及しづらいのだ。
趣味嗜好の多様性が影響しているかは分からない。
しかし、輝の場合はバンドで売り出すより、ソロで売り出した方が効果的だというのがレーベルの判断らしい。
「中性的な顔立ち、物腰の柔らかさ、そして何より、唄う時とのギャップ。ヒカルさんは映像向き、テレビ向きなんです」
「ヒカルが売れるなんて、そんなの俺達の方が確信してる。そういう話をしてるんじゃない」
「分かっています。しかし、皆さんは分かっていない。ヒカルさんが皆さんの為に売れようとしている事を!」
「どういう事だ……?」
全員の動きが止まった。
守衛の2人も抵抗しなくなった康嗣から離れ、その場にいた全員がマネージャーの言葉に耳を傾けた。
「ヒカルさんは、皆さんとバンドとしてデビューする事を諦めてなんかいません。今はダメでも、いつか必ず会社を説得すると決めているんです」
雅樹は俯き、なるほどと呟いた。
「マサキ?」
佑太が雅樹を見る。
その声に気付いて、康嗣も雅樹に振り返った。
「売れてしまえば何だって出来る。それが芸能界だ。まずは自分だけでも売れて、後から俺達を招集してバンドとして再デビューする。そう考えてるんだろ?」
雅樹の問いに、首を縦に振る輝。
「その通りだよ、マサキ。僕が売れれば、会社から文句も言われずにバンドとしてデビューできる。この道しかないと思ってる」
輝の声は、その決意の固さを色濃く匂わせていた。
「それまでは、会社からどんな扱われ方をしようと構わない。とにかく売れる事が前提なんだ。だから、今は邪魔をしないでくれ……」
そう言って、輝は深々と頭を下げた。
それを見て康嗣はバツが悪そうに舌打ちをした。
「ま、俺はもうメンバーじゃないから関係ねー。ただ、お前がマサキやユータを踏み台にしたみたいで気に食わなかっただけだ」
「コージ……」
「2人を踏み台にしたんだ。売れねーとまた殴りに来るぞ」
「その時は、また私が止めます!」
「そーかよ。しかし、悪かったな、マネージャーさん。全力で殴っちまった……」
「マネージャーとしての勲章です!」
「ヒカルの事、よろしくお願いします」
康嗣はマネージャーに頭を下げた。
「コージ、その時は君も召集するよ」
「遠慮するぜ、ヒカル。何度も言うが、俺はメンバーじゃねー。やるんだったら対バンだ。マサキも言ってたろ」
康嗣は輝を指差した。
「そん時まで、楽しみにしてろよ!」
「ヒカル」
雅樹がマネージャーの隣を通り過ぎ、輝の前に歩いてきた。
すると、いきなり輝の鳩尾に拳を叩き込んだ。
衝撃が肝臓にまで響いたらしく、輝はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「マサキ!」
「舐めんじゃねーよ。いつからお前がリーダーになったんだよ……」
うずくまる輝を見下ろしながら雅樹が言う。
「俺達にリーダーは要らない。そう言ったのはお前だっただろ。それが何だ。召集だ?何様だ、お前」
雅樹は静かにキレていた。
輝の考えは分かる。
しかし、納得は出来ない。
「お前におんぶに抱っこでバンドやれってか?ふざけんな。メンバー同士が同等じゃない状態で、俺達がベストな演奏が出来ると思うのか?」
「マサキ……」
康嗣と佑太は呆気に取られていた。
「俺は下りる。お前は勝手にやってくれ」
雅樹はそう言い捨てると、輝に背を向け歩き出した。
「ヒカル、俺も下りる。バンドの事を思ってくれたのは有り難いが、そういう事じゃねーんだよ。悪いな」
佑太も雅樹の後を追い、途中で無理矢理康嗣と肩を組む。
「帰るぞ、コージ!折角赤坂に来たんだ、観光して行こうぜ」
「おい!いいのかよ!」
「あ?お前はもうメンバーじゃないんだろ?俺ももうメンバーじゃなくなった!関係ないさ」
あっけらかんと佑太が言う。
康嗣は戸惑いながら雅樹達と一緒に駐車場を後にした。
その後、輝は華々しくデビューを飾り、ソロアーティストとして大成していく。
雅樹と佑太はレーベルとの契約を破棄し、新たなメンバーを加え、インディーズでまた活動を始めた。
康嗣はYoutubeに動画を投稿しながら、ギターを続け、そこそこ人気のチャンネルへと成長した。
あれ以降、4人全員が揃う事はもう二度となかった。
Agitato——Fine...
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