Agitato——Ottavo Capitolo

 康嗣がバンドを脱退して3か月後、何故か分からないが、渚は康嗣の家に居座り続けている。

 まぁ、世に言う同棲だ。

 康嗣はギターの練習を続けていた。

 ギター講師を渚がかって出てくれたのは有り難かった。

 今まで足踏みしている様にか思えなかったが、自分でも実感出来る程に上達し始めたのだ。

 更に、渚の勧めでYouTubeで練習している動画を上げるようになった。

 何気に登録者数も増えており、初めはアンチコメントばかりだったが、今では応援メッセージやアドバイスコメントも増えている。


「マサキ達のバンドがデビューするって」


 康嗣の腕の中で渚が言った。


「……、それを俺に言ってどうなるんだ?」


 裸で抱き合っている時に雅樹達のデビューの話を聞かされた康嗣は、何とも反応しづらい。


「だって、元メンバーだし。気にならないの?」


 渚は康嗣の顔を覗き込む。


「あんまり。あいつらはあいつらの道を進むのがいい。俺も、俺なりに頑張ってるつもりだし」

「そーじゃなくてー」


 渚は頭を掻いた。


「何かね……。嫌な予感がするんだよね……」


 渚が呟く。


「嫌な予感って?」


 康嗣は煙草を1本取り出し、火を点けた。 


「よく分かんない……。マサキ達の話はいいや」

「いや、お前が話を振ったんだろ」

「うーん……」


 渚は考え込むような顔のまま、康嗣の陰茎を弄る。


「そういえば、ヒカル君から告られたって言ったっけ?」


 急に話が飛んだ。

 渚にはよくある事なので康嗣は慣れている。

 顔色一つ変える事なく、煙をくゆらせていた。


「あ?聞いてない」

「焦んないんだ……」


 ガッカリとする渚。

 少しは嫉妬や焦りがあってもいいだろうに。


「断ったんだろ?やってんだから」


 康嗣の表情は変わらなかった。

 それはある意味、という事ではないだろうか。

 そう思うと、少し嬉しくなる渚だった。


「うん……。てかそれって、コージは私が彼女だって認めたって事?」

「あ?この状況で言う事か……?」

「んふふ……」


 思わず笑みが零れた。


「その笑い方辞めろ」

「だってぇ、嬉しいじゃん」

「俺の何処がいいのか……」


 溜息と一緒に煙を吐き出す康嗣。


「世話焼きたくなるとこ?」

「俺は犬か猫か……?」

「似たようなもん」

「あのな……」


 流石の康嗣でも、それには凹んだ。

 お前は犬や猫とセックスするのかと言いたかったが、ご機嫌になった渚はベッドから飛び上がり、康嗣を指差す。


「よーし、私の子猫ちゃん!ギターの練習だ!」

「猫なのかよ……」


 そんなこんなで雅樹達と別れて康嗣は上手くやっていた。

 渚達のライブにも顔を出すようになり、渚と康嗣が付き合っているという噂はすぐに界隈で広がった。

 雅樹達はデビュー前で忙しいのか、なかなかライブハウスに現れなくなった。

 レーベルからの強プッシュが内定しているとの噂もあり、満を持してデビュー前プロモーションが始まった時だ。

 康嗣はそのプロモーション用のチラシを見て愕然とした。

 康嗣だけではない。

 雅樹達を知る人間は全員驚愕した。

 『シンガーソングライター ヒカル デビュー!』

 康嗣はチラシを握り締めたまま雅樹の自宅に走っていた。

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