Con Fuoco——Settimo Capitolo
「諒子さん、加藤さんは?」
山内と那珂川が菊永の元にやって来た。
そろそろ2組目のバンドの演奏が終わる頃だ。
「加藤君は連行されました」
「連行?誰に?」
小野と秦もやってくる。
「怜子ちゃんに。ライヴに出るみたい」
「え!?」
全員が驚きの声を上げる。
「でも、加藤さん歌上手いからいけるんじゃない?」
那珂川があっけらかんと言う。
村石たちのバンドがステージに出てきた。
「動画撮ったらだめだよね?」
「ダメですよ、さっきも言われたじゃないですか」
加藤もステージに出てきた。
「ホントに出てる!」
「加藤!がんばれ!」
他の人間が盛り上がる中、菊永は冷静にステージを見つめていた。
緊張している。
動きが若干硬い。
そんな状態で声が出るのだろうか。
「こんばんわ、
村石がMCを始めた。
「まずは、今日リードギターのジムが怪我で、急遽ピンチヒッターをお願いしました」
「あ、ど、どうも、かt……、カートです」
「加藤が緊張してるとかレアだぞ!お前ら!目に焼き付けとけ!!」
小野のデカい声でフロアが笑いに包まれる。
「いつもはジムがMCやってるんですけど、私はMC下手なんで曲に行きます」
村石が言い終わると同時にタケのドラムが始まる。
スネア、フロアタム、バスドラムのシンプルにしてヘヴィなビートを刻み始める。
そこに加藤のギターがブラッシングで軽快さを加える。
更に村石のベースが加わり、ビートのみのグルーヴをメロディアスにシフトさせる。
最後にルーのギターがノる。
スライドバーを使用した独特のメロディーラインで一気にご機嫌なチューンへと彩られた。
各パートが順番に音を重ねていく演出は古典的だが、オーディエンスを引きずり込むには十分だった。
しっかりとしたビートの上に、ご機嫌なメロディーラインが躍る。
ラウンジエリアからステージ前のフロアへ人が集まり始めた。
「今日は全部カヴァー曲だけど、問題はオリジナルのヴォーカルがどれも特徴的な事。僕らのバンドはいつもツインヴォーカルで、ある意味誤魔化せてたけど、カートは一人だからね。レイが連れてきたんだから大丈夫だとは思うけど、とにかく全力でお願い」
本番前、ルーから耳打ちされた。
オリジナルは全部聞いた。
圧倒された。
特に一曲目は日本人のバンドながら、日本人離れしたヴォーカルだ。
R&Bなどで使われるエッジヴォイスに、デスヴォイスの要素も混ざるシャウト、たまにアクセントとして入れられる芯のあるファルセット。
恐ろしいくらいテクニカルに作り込まれ、ブラッシュアップされた歌声だ。
自分に歌えるのか不安になった。
しかし、もう歌うしかない。
イントロが終わる。
加藤はスタンドマイクの前で不安や緊張と一緒に息を吸い込んだ。
「歌は上手い。けど、パワーが足りないな」
ステージを見渡すように向かいの2階部分に作られた、音響や照明を統括するPAブース。
そこにいるエンジニアが呟いた。
「サクさん、何か言いました?」
隣にいた男が聞き直す。
「パワーが足りないって言ったんだよ!」
「あぁ、確かに。上手いけど楽器の音に埋もれてますね」
「この曲は日本人にも聞きやすいガレージパンク系になってるが、自分たちのバンドに引き込めるかはヴォーカル次第だ」
「まぁ、ピンチヒッターらしいから仕方ないんじゃないですか?」
サクと呼ばれた男は腕を組んだままステージを睨んでいる。
加藤はピンライトを浴びながら焦っていた。
緊張で喉が開かない。
肩で呼吸してしまい、ブレスが続かない。
違う、オリジナルはこんなレベルじゃない。
――ダメだ。
焦れば焦るほど喉に力が入り、声が出なくなる。
——無理だ。
今すぐステージから逃げたくなった。
サビ直前、村石が加藤のスタンドマイクに顔を近付ける。
一緒にサビを歌い始めた。
村石が加藤を見つめる。
加藤が戸惑いながら見つめ返す。
村石がニカッと笑った。
「真似しようとしないでいいんです!加藤さんの歌を歌ってください!」
そう言われた気がした。
自然と肩の力が抜けた気がする。
「良くなってきたな。緊張が解れたか」
サクの口元が少し緩む。
「なんかよくなりましたね、ヴォーカル」
「まだだ、まだ足りない」
村石に助けてもらったサビ以降、自分なりに歌えていると思う。
しかし、まだ何かが足りない。
まだ全然気持ちよくない。
何かが足りないのだ。
あと二小節でサビが来る。
村石が加藤を見つめる。
二人で歌うかを問う目だ。
加藤は前を向く。
ホワイトアウトしそうなくらい眩しいピンライト。
そうか。
加藤は思い出した。
「楽しもう!」
ステージ上がる直前にルーが放った言葉の意味がやっと分かった。
そうだ、好きに歌おう。
明日がどうなろうと知った事じゃない。
今、この時間を最高のものにしたい。
下手だと思われてもいい。
裏返ってもいいじゃないか。
間違えたっていい。
昔はそうやって、なりふり構わず歌ってたじゃないか。
俺は歌が好きだったんだ。
いや、今でも大好きだ。
だってそうだろ。
こんなにもウズウズしてるんだから。
歌いたくて仕方ないんだ。
もっと強く。
だったら、まずは喉を開かないと。
今なら何でも出来る。
サビ前、加藤は大きく息を吸った。
「枷が外れたな」
サクは満面の笑みになった。
「サクさん!こいつスゲーじゃないですか!」
「いいヴォーカル連れてきやがったな、レイの奴。面白れぇバンドになるぞ」
加藤の声に全員が飲み込まれた。
文字通り、全員だ。
ラウンジエリアにいた人たちの動きも止まった。
この時、ライヴハウスの中にいた全員が加藤に圧倒され、息を飲んでいた。
「うおおぉぉ!加藤ぉぉぉ!!」
最初に弾けたのは小野だった。
ステージの目の前に詰める。
それを皮切りに、フロアにいた全員が前に詰め始めた。
ラウンジエリアの人達もぞろぞろとフロアに移動する。
「これが、加藤君の本気……」
菊永も例外ではなかった。
加藤の歌声は人々のうねりとなってフロアを支配していた。
その勢いのまま、二曲目に突入する。
短いイントロの後、加藤が全力で歌う。
その歌声に合わせて歓声が上がる。
1965年にリリースされたこの曲を知っている人間は少ないだろう。
しかし、先程のガレージパンクからの流れで、オーディエンスもすんなりと受け入れ、熱狂していた。
加藤は不思議な感覚だった。
ライヴハウスというより、ダンスホールの雰囲気になっている。
こんな経験は初めてだった。
――ライヴじゃない、パーティだ。
パーティと呼んだ方がしっくりくる。
みんなが笑い、叫び、躍っている。
なんて楽しい空間なんだ。
加藤は夢中で歌っていた。
グルーヴにメロディーがノリ、バンドが、オーディエンスが、会場がうねる。
「こんな古いナンバー、やる奴がまだいるとはな」
「サクさん、めっちゃ嬉しそうですね」
「そりゃ、さっきの曲からこの曲。選曲が面白れぇ」
「どういう事っすか?」
「さっきの曲のオリジナルバンドは、この曲を歌ってるバンドをリスペクトしてんだ。要は、遡っていってんだ」
「へぇ、なるほど。確かに、雰囲気は似てますね。なんか踊りたくなるような曲っす!」
「1950年代の王道ロックだ。学生のダンスパーティなんかに合う曲だな」
PAブースの二人もノリノリだった。
「このまま遡るなら、R&Bか?」
サクは自分がワクワクしている事に驚いた。
こんな感覚にさせられたのは何年ぶりか分からない。
王道のロックンロールをやるバンドはもういないと思っていた。
そんな中、久々にゴリゴリのロック魂を感じたバンドが、1曲目のオリジナルのバンドだ。
しかし、まさか自分がPAエンジニアとして出入りするライヴハウスに、こんなにもゴリゴリにロックをやるバンドが現れるとは思わなかった。
最初に村石たちの「Rickey」を見た時の印象は「惜しい」だった。
楽器のテクニックは相当高いが、ツインヴォーカルが弱かった。
ハッキリ言って、パッとしなかったのだ。
バンドを引っ張っていくべきヴォーカルが、譲り合って渋滞している。
そんなイメージで、本当に勿体ないと思っていた。
それを進化させたのが、このヴォーカルだ。
「前から多少の贔屓目で見てたが、これなら文句なしのイチオシだ」
「サクさん、このバンド、カッコいいっすね!最高っす!」
PAブースの盛り上がりを知る由もなく、加藤はステージに立っていた。
2曲目が終わってもフロアはまだまだ冷めていない。
むしろガンガンに上がってきている。
加藤がバンドメンバーを見渡す。
村石とルーが笑いかける。
タケと目が合う。
タケは片方の口角を吊り上げて笑う。
髪の毛を掻き上げながら笑った。
タケは認めてくれたようだった。
ハイハットを叩いてカウントを取る。
加藤が正面に振り返る。
渾身のシャウトがフロアを駆け抜けた。
一層大きな歓声が上がる。
1957年にリリースされた後、多くのロックバンドにカバーされた名曲。
加藤は今まで忘れていた熱い衝動を乗せて歌った。
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