Con Fuoco——Seconda Capitolo

 いつもよりかなり早く目が覚めた。

 睡眠時間はいつも通りだ。

 早く寝た分、早く目が覚めた。

 始発電車が動き出したくらいの時刻だ。

 出勤時間までにまだまだ時間がある。

 二度寝しようにも眠気が皆無だ。

 仕方なくベッドから起き上がり、カーテンを開ける。

 特にやる事もないので洗濯と部屋の掃除を始めた。

 洗濯機の電源を点け、洗剤を投入し、蓋を閉めて開始ボタンを押す。

 溜まったゴミを区指定のゴミ袋に入れる。

 今日はちょうど燃えるゴミの日だ。

 出勤の時にゴミ置き場に持っていくことにする。

 流しの生ごみをゴミ袋に入れる。

 排水口の網に洗剤を付けて擦る。

 アッサリとぬめりが取れ、綺麗になった。

 シンクを磨く。

 くすんでいたステンレスが鈍く光り始めた。

 ついでに蛇口も磨く。

 水垢がなかなか頑固だ。

 ある程度綺麗になったところで満足した。

 テーブルの上の不要になった書類などもゴミ袋に突っ込む。

 近所迷惑かと思い、掃除機をかけることは流石に辞めた。

 やがて洗濯機が脱水完了の合図を出した。

 洗濯をしたのはいいが、今日は晴れるのだろうか。

 心配になりテレビを点ける。

 ちょうど天気予報だ。


「晴れ時々曇り……、降水確率は10%か……」


 外に干して大丈夫だろう。

 洗濯物をハンガーにかけ、ベランダに干す。

 あの社長なら、今日も早く帰ることができそうだ。

 それだけで少し前向きになれている気がする。

 一通り家事が終わったところでシャワーを浴びる事にした。

 こんなに余裕のある朝は経験したことがない。

 朝食どころか、弁当を作る時間すらある。

 とりあえず目に付いた汚れを洗剤を付けたスポンジで擦り始めた。

 自分はこんなにも綺麗好きだったのだろうか。

 何かしていなければ落ち着かない。

 全裸のまま風呂掃除を始めた。

 ここ数ヶ月使っていない湯舟を洗う。

 鏡を磨き、棚を磨き、床を磨いた。

 最後に排水口を洗う。

 最低でも週に一回は掃除しているのでそこまで汚れていない。

 掃除が終わり、冷えてきた身体を熱いシャワーでもう一度温め、浴室を出た。

 空がやっと明るくなってきた。

 下着だけ身に着け、朝食を作り始める。

 食パンを2枚、オーブンレンジに入れて加熱する。

 フライパンを火にかけ、温まったところにベーコンを1枚投入。

 片面に軽く焼き色が付いた所で裏返し、すかさず卵を落とす。

 黄身が崩れることなく、フライパンの真ん中に陣取った。

 水を少し加えて蓋をする。

 その間にパンが焼き上がった。

 焼き上がったパンを皿に載せ、テーブルに置く。

 黄身が半熟になったところでベーコンエッグも皿に移した。

 冷蔵庫から牛乳を出す。

 簡単な朝食が出来上がった。

 いつもは朝食など食べずに出勤していた。

 キッチンに立ったのも久々だ。

 食パンを頬張る。

 流石に朝から色々やり過ぎた。

 昼食はコンビニで済ませよう。

 早めに出勤して、昨日の仕事の残りを終わらせる事にした。


 ♪


 始業時間の2時間以上前なのに、課長を含め、課の全員が出勤していた。


「なんだ、みんな同じか」


 課長が笑いながら言った。


「だって、ねぇ……」

「あんな早い時間から帰ったら、逆に気持ち悪くて」

「起きるのも早くなっちゃって」


 みんな笑いながら言った。


「全く、まずはその社畜根性を叩きなおさないとね」


 振り返ると奴がいた。

 社長だ。


「社長!?なんで!?」


 女子社員が思わす声に出した。


「こんな事だろうと思ってね。やっぱりみんな早く来ちゃった。今日は許すけど、明日からは会社に入れないからね。とりあえずみんな、タイムカード打刻して。ちゃんと時間外で給料出すから」


 社長が不服そうに言った。


「みんな昨日の仕事の続きする気でしょ?だったら俺も手伝うから書類分けて」


 その言葉に全員が目を丸くした。


「いやいやいや!」

「社長にそんな雑務をやってもらうなんて!」

「ダメですよ!」

「いいから!時間外なんだから、僕は社長じゃないってことで」


 ちょっと何言ってるか分からない。

 そうこうしている内に、社長は女子社員が抱えていた書類の半分近くを分捕った。


「とにかく、やるんだったら早くやろう。時は金なりってね。あ、それと、今日から早速人員の増強をします!楽しみにしててね」


 そう言うと、社長は物凄いスピードでキーボードを叩き始めた。

 まるでショパンの「革命のエチュード」を奏でるピアニストの様で、どことなく優雅ささえある。


「社長って元々SEとか?」

「分かんない、どうでもいいから経歴とか聞いてなかった」


 数人がコソコソ話してる。


「僕は元々開発だよー。だからみんなの気持ちもある程度わかるつもりだし、こうゆう作業も慣れてるし嫌いじゃないんだ」


 聞こえていたらしい。

 本当に奇妙な社長だ。

 早朝から出勤し、雑務を手伝う。


「何がしたいんだろ……」


 思わす口から洩れてしまい、男は慌てて社長の方を盗み見た。

 社長は柔らかい表情のまま画面を見つめ、集中している。

 聞こえてはいないようだ。

 男はほっと胸を撫で下ろす。

 その後は誰も口を開く事なく始業時間になった。


「そろそろ始業時間だね。ちょっと待ってて」


 そう言って社長はオフィスから出ていった。


「課長、見てくださいよ」


 女子社員の一人が社長のラップトップのモニターを見せた。


「さっきまでで社長が終わらせた処理です」


 課長だけでなく、男を含めた部署の全員がモニターを覗き込んだ。


「なんだこの量……」

「バケモンだ……」


 それは常人の軽く3倍近い量だった。


「お陰でメチャクチャ進みましたね。昨日早く帰った分も取り戻せそう」

「でも、社長にやってもらうのはどうなんだろ」

「確かに。誰よりも仕事は早いけど、ウチの部署に付きっ切りでいいんですか?」

「分かんない。てか、何考えてるか分かんない」


 そんな話をしながらも、みんな手は動いている。

 何とか昨日のロスを取り戻そうと必死なのである。


「はい、みんな手を止めてこっち注目ぅ」


 社長が戻ってきた。

 後ろに5人引き連れている。


「今日からここに新しく配属する5人です。自己紹介よろしくぅ」


 男性が3人、女性が2人だった。


「初めまして。榎本エノモト 弘之ヒロユキです。よろしくお願いします」

山内ヤマウチ ケイです。よろしくお願いします」

那珂川ナカガワ 智恵トモエです。よろしくお願いします」

ハタ 昌彦マサヒコです。よろしくお願いします」

村石ムライシ 怜子レイコです。よろしくお願いします」

「じゃあ、こっちも順番に自己紹介よろしく!」


 そう言って社長に課長が促された。


「え?あぁあ、西谷ニシタニ 憲治ケンジです。課長です。よろしくお願いします」

竹田タケダ 将人マサトです。係長してます。よろしくお願いします」

菊永キクナガ 諒子リョウコです。よろしくお願いします」

本木モトキ 絵里香エリカです。よろしくお願いします」

小野オノ 倫太郎リンタロウです。名ばかり主任やってます。よろしくお願いします」


 最後に男の番だ。


加藤カトウ 成正ナリマサです。よろしくお願いします」

上原カンバル 英雄ヒデオです!社長やってます!よろしくお願いします!」


 よく分からないが社長は満足しているようだ。


「この5人は元々、僕の会社で開発を担当してたメンバーで、出向って形でこっちに所属してもらう。5人は加藤君の下で仕事を覚えてね」

「それはいいんですけど、何をどう教えれば……?」

「とりあえず、君の抱えている仕事を5人に分配してくれればいいよ。君は監督で5人を見てて」

「え?俺の仕事は……?」

「いや、だから監督役。5人が上げてくるデータに間違いがないかのチェックが主な仕事ね」

「はぁ、つまり、見てるだけと……?」

「端的に言えばね。5人が仕事を覚えたら作業に戻っていいよ」

「はぁ……」


 なんだか妙な事になった。

 見てるだけとはこれ如何に。

 加藤は困惑しながらも社長の指示に従う事にした。


 ♪


 5人の覚えは早かった。

 聞けば、似たような事をやっていたらしい。

 まぁ、考えてみればそろもそうだろう。

 基本的な事務作業でしかないのだから。

 しかし、その量が膨大過ぎて、元の6人では回らないのだ。

 アプリの開発と膨大な事務処理。

 実際、事務処理に関しては別の部署が担当してもいいようなものなのだ。

 しかし、それを引き受ける部署などない。

 何処も手一杯なのだ。


「加藤さん、チェックお願いします」


 村石が手を挙げて加藤を呼んだ。

 5人の中でもひときわ覚えが早く、作業スピードも速い。

 自分の手を止め、村石のモニターを覗き込んだ。


「うん、大丈夫です。じゃあ、次はこれをお願いします」

「はい」


 完璧だった。

 5人全員に言えるが、ミスが極めて少ない。

 優秀なメンバーが5人も増えたお陰で、本当に残業が不要になりそうだ。

 加藤は素直に感心していた。

 それと同時に疑問が浮かんでくる。

 何故、ウチの部署だけ特別扱いなのか。

 実際、他の部署をどうしているのかは知らないが、これだけの人員増強はウチだけだろう。


「なんでなんだろ、変な人だ……」

「何が?」

「うわ!?」


 菊永が加藤のモニターを覗き込んでいた。


「諒子さんか、びっくりさせないでよ……」

「びっくりし過ぎでしょ、加藤君。社長の事でしょ?」

「そうそう。なんでウチだけこんなに手厚いのかと」

「ですよね!私も気になる!」


 本木も加藤のデスクへ寄ってきた。


「本木ちゃんまで……、喋ってないで仕事してよ二人とも」

「いやいや、あの5人のお陰で話す余裕が出来ちゃって」

「絵里香ちゃんも?私もなのよ!」

「そこは5人に感謝して、仕事をしてください……」

「諒子さん、他の部署に知り合いとかいませんでした?」

「いるわよ?他の部署がどうなってるか気なるんでしょ」

「そりゃそうですよ!こんな人員増強が他の部署にもやってるのか気になりません?」

「気になる!ちょっと聞いてみるね!」

「あのー、俺の話聞いてます?」

「でも、増強があったとしても、ウチみたいに2倍近くなる事はないでしょー」

「ですよね!なんでウチは特別なんだろう?」

「慢性的なブラック部署だったからじゃないですか?何でもいいいから仕事してください……」

「加藤さん、ノリわるぅい」

「加藤さん、ちょっといいですか?」


 今度は秦が手を挙げた。


「はい、今行きます」


 加藤が席を立つと、菊永と本木は自分のデスクに戻った。

 しかし、あの女性二人は元気なものだ。

 昨日まで死んだ顔だったのが、今日は生き生きとしている。

 たった一日だが、早く帰れた事がそんなにも影響するとは驚きだ。

 そう言えば、昨日二人でエステに行くと言っていた気がする。

 エステだけでそんなに元気になるのか。

 早く帰ってもやる事がなかった自分が恥ずかしくなった。


「なるほど、これはこっちのカテゴリに入れていいんですね」

「はい、分からない箇所はその都度聞いてください」

「ありがとうございます」


 就業までには、昨日の分を含めて事務処理が全部完了できそうだ。

 今日も早く帰れるなら、久々に夕食を作る事にしよう。

 加藤は献立を考え始めた。

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