Cantabile——Quinto Capitolo
榎本がスタジオに入ると、三島と高岡が笑っていた。
「あ、カコ姉ぇおかえりー」
「お邪魔してます」
「なになに?めっちゃ楽しそうじゃない?」
「え?あぁ、それがさー」
2人が曖昧な記憶を誤魔化しながら合唱曲の伴奏を弾いていた経緯を話した。
「え?今日は弾けたの?」
「あぁ、なんか弾けた。よく分かんねーや」
三島はあっけらかんと言った。
「まぁ、楽しそうだからいいか。今度は私も混ぜなさいよー」
榎本は内心、驚いていた。
ヴァイオリンが弾けなくなった時は、半年近くスタジオに近付けなかったのだ。
半年経ってやっと中に入れるようになったが、5分と持たずに過呼吸を起こしていた。
ピアノが弾けるようになったのは、中学も卒業間近になってからだ。
それなのに、今回は昨日の今日でスタジオに入り、ピアノを弾いたと言う。
これは高岡のお陰なのか。
よく分からないが、榎本が知らない内に三島は成長しているのかもしれない。
「えー、カコ姉ぇは完璧に暗記してるからつまんないんだよなー」
「何よそれ!私がつまんないって!?」
「譜面通りじゃつまんないじゃん。コンクールでもなんでもないんだから」
「あのねー、私はこれでも『天才』と呼ばれてたのよ?」
「ずっと優勝してたわけじゃないけどねー」
「お?喧嘩売ってんのか、隆司?」
榎本がファイティングポーズを取る。
「まぁまぁ……」
困ったような笑顔で高岡が2人の間に入る。
「榎本先生が凄かったのは私も知ってます。軽く伝説級の人ですから」
「高岡ちゃんくらいだよ、そう言ってくれるのぉ~」
榎本は高岡を抱き締めた。
「おい、セクハラだぞ」
「なになに~、羨ましいのかなぁ~?」
ニヤニヤとしながら三島を煽る榎本。
「なんでそうなるんだよ……」
三島はうんざりと頭を抱えた。
「高岡ちゃん、今度は私と連弾しよー」
「え?私が?いいんですか?」
「隆司なんかとより、高岡ちゃんとの方が絶対楽しいもん!」
「さりげなく俺をディスるのやめろ」
「え?別に隆司をディスってるつもりはないよ?ただ、アンタなんかより、高岡ちゃんをリスペクトしてるだけー」
「その言い方だよ!!」
3人は談笑しながらリビングへ移動した。。
「今日も食べて帰りなよ、高岡ちゃん」
「今日もハヤシライスだけどなー」
「何だか、申し訳ないです……」
「気にしない気にしない!高岡ちゃんのご両親も今週までご不在なんでしょ?」
「えぇ、来週にしか返ってこないです。今回はちょっと長めの出張になってしまったみたいで」
高岡の両親は仕事の関係で、出張が多いらしい。
昔はそこまで頻繁ではなかったらしいが、最近になって増えているらしく、自宅に一人という事が多くなっているようだ。
「大変だな」
「三島君もね」
「俺はそうでもないよ、男だし、慣れてる」
「それは性差別発言かな?」
「違ぇーよ!」
「何だったら、泊っていってもいいのよ、高岡ちゃん」
「え?」
二人の動きが止まると同時に、二人とも耳まで真っ赤になった。
「いや、流石にそれは申し訳ないです……」
「そ、そうだよ!高岡だって迷惑だろ!」
「いや、私は別に迷惑じゃないけど、三島君の邪魔になるし……」
「隆司の邪魔に何かならないわよ?」
恥ずかしがってワタワタとしている二人をニヤニヤと見つめながら、茶々を入れる榎本だった。
♪
ドイツ、フランクフルト空港。
一人の女性がキャリーバッグを引きずりながら、颯爽と歩いている。
右手には日本行の航空チケットが握り締められていた。
金糸のような美しいブロンドの長身の女性だ。
キャリーバッグを預け、手荷物検査場を通過し、搭乗口の前で立ち止まった。
「やっと貴方に会えるわ、リュウ」
女性はそう呟き、自らが乗る予定の旅客機を見つめた。
♪
合唱コンクールの練習が本格的に始まった。
予選会まで2週間しかない。
文化祭が本番になるのだが、その本番に出れるのは1年と2年の各学年から2クラス、計4クラスのみだ。
予選会でその4クラスが選出される。
そこに残らなければ、本番当日は観客になるしかない。
とにかく、予選会まで2週間、文化祭まで3週間だ。
「そんじゃ、各パートに分かれて練習!男声パートは俺、女声パートは高岡の近くに集合。それぞれ2パートずつに振り分けなー」
「へーい」
生徒が三島の指示に従い、担当パートの振り分けが始まった。
まず1人ずつ、4小節ほど歌わせ、高音と低音に振り分ける。
その後に、人数と声量を考えて人数調整を行う。
「とりあえず、これでいいかな。一回歌ってみるか」
暫定的なバスとテナーが決まった。
声量のバランスも悪くない。
「どうしても無理って時はすぐに申し出ろよー」
「へーい」
高岡の方を見ると、女子の振り分けも終わったようだ。
「高岡ぁ、一回合わせてみるか」
三島の声に、高岡が頷く。
全員を整列させ、課題曲を歌わせる。
三島がタクトを握り、振り上げる。
全員の視線が三島に集まる。
タクトが振り下ろされ、伴奏が始まる。
「楽譜見ながら、音程外していいから、マックスの声量で歌え!」
クラスメイトの歌声を聞きながら、指導の流れを頭の中で組み立てる三島だった。
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