Agitato——Quinto Capitolo

 土曜日。

 雅樹達は渋谷のライブハウスに出演する事になっていた。

 ある程度余裕をもってライブハウスに到着した雅樹と佑太。

 輝はあと10分程で着くらしい。

 控室に行くと、既に康嗣がいた。


「来てたのか」


 雅樹の言い方は冷たかった。


「あぁ」


 康嗣も素っ気なく返す。

 その後は嫌な沈黙がその場を支配した。


「お疲れ様でーす」


 他のバンドが控室に入って来る。

 雅樹たちは一度外に出た。

 すると控室のすぐ外に渚がいた。

 渚たちのバンドは出演の予定はない。


「お?ナギじゃん!何してんの?」


 佑太が笑顔で手を振った。


「ヤッホー、ユータ!元気してた?」

「元気元気!ナギは?」

「バリバリだよ!マサキも久しぶり!」

「だな。2か月ぶりくらいか」


 3人はライブハウスの外へ向かいながら話始めた。


「今日は誰かの付き添い?」

「うん、そんな感じー。マサキ達にも会いたかったし」

「おぉ、嬉しいねぇ~。じゃあ今度デートしようぜ?」


 佑太が冗談交じりに言う。


「えー、ユータとはちょっとなぁ」

「え!?ひどくない!?」

「振られたな、ユータ」


 雅樹と佑太が喫煙所で煙草を吸い始めた。


「そうだ、これ見てよ」


 渚が数枚の楽譜を雅樹に渡す。


「何?これ」

「マサキ達の曲のサイドギターをアレンジしてみたんだけど、どうかな?」


 そこには確かに、雅樹達のバンドの名刺代わりと言える代表曲のタイトルが書かれていた。

 サイドギターのラインのみが書かれていた、明らかに原曲よりも高い技術が必要になる。


「これ、ナギが書いたの?」

「うん。もう少し厚みが欲しくない?」

「……、最初に俺が書き上げた譜面に近い」

「え?」


 佑太が少し驚いた。


「いや、曲作り上げた時はベストな形で作ってる。ただその後に、コージの技術に合わせてサイドの難易度をいじってるんだよ」

「コージでも弾けるように難易度下げてるって事か」

「そういう事。だから、この譜面はコージには無理だ」


 雅樹はキッパリと言い切り、それを渚に返した。


「……、最近、コージ上手くなったと思わない?」


 渚は思い切って聞いてみた。


「そうか?気のせいだろ」

「俺にはギターは分からんけど、昔とさして変わらないだろ」


 二人の言葉に内心ガッカリした渚だった。


「何やってんの?」


 そこへ輝がやって来た。


「おう、ヒカル!ナギがさぁ、コージのギターが上手くなったとか言ってんだけど、どう思うよ?」


 煙を吐き出しながら佑太が言う。


「コージ?」

「うん」

「うーん、そんなに変わってないと思うよ?」


 渚は決心した。

 とにかく、このバンドメンバーは誰も康嗣の事をのだ。


「そっかぁ、私の勘違いかぁ」

「そうそう。アイツが真面目に練習なんてしないって」

「女漁るのには真面目だけどな」


 そう言って雅樹と佑太はケラケラと笑った。


「ナギちゃん、コージと何かあったの?」


 輝が何かを察したように渚に訊ねる。

 こういう所にはやけに鋭いのが輝だ。


「ううん、この間のライブ見て思っただけ。飲んでたからかなぁ」

「ナギは酒好き過ぎなんだよー。ま、いざって時は俺が手取り足取り腰取り、介抱してやるぜ?」

「言い方が嫌らしいんだけどー」

「ナギちゃん」


 急に会話を遮るように輝が言った。


「何?」

「今日時間があるなら、ライブの後にどっか飲みに行かない?」


 意外な誘いだった。


「え?私と?」

「うん、ナギちゃんと。出来れば二人きりで」

「う~ん」


 少し前から何となく気が付いていたが、輝はどうやら渚に気があるらしい。

 しかし、ここまで露骨なアピールは初めてだった。

 ただし、渚は既に康嗣と一線を越えている。

 向こうはどう思っているのか分からないが、渚は康嗣が好きなのだ。


「ごめんね、今日はこの後用事があって」

「あれ?友達の付き添いだったんじゃ?」


 佑太からツッコミが入る。

 付き添いで来ているのに、先に帰るのは確かにおかしい。


「入りの付き添いだけの約束だったんだよ。用事で先に帰るって事も言ってあるし」

「そっか、じゃあ仕方ないね」


 輝は笑顔でそう言った。

 しかし、その目が笑っていない事に渚は気付いていた。

 輝は小中学生時代はいじめられっ子だったと聞いている。

 相手が思っている事などがある程度読み取れるのだろう。


「ごめんね、デートはまた今度って事で!」


 そう言って、渚は逃げるようにライブハウスを後にした。


「ま、次があるって、ヒカル」


 渚が去った後、佑太が輝の肩を叩きながら言う。


「いや、他に好きな人がいるんだよ、ナギちゃん」

「え!?」

「ホントか?」


 雅樹と佑太が驚きの声を上げた。

 渚は難攻不落として有名だからだ。

 誰とでもすぐに仲良くなる反面、誰とも一定以上の仲にはならない。

 ある意味上手く立ち回っているが、そのお陰で轟沈した男達は数知れず。

 彼氏を作ったとの噂も全く聞こえてこないため、レズビアン説がある程だ。

 しかし、渚のバンドの他のメンバーは短いスパンで彼氏を替えている。

 バンド内で同性恋愛をしている訳ではないというのが通説なのだが、『他の二人がコロコロ彼氏を替えるのは、渚がテクニシャンだからだ』などと言う噂もある。


「ナギが好きな人って誰だろうなー。羨ましー」


 佑太がぼやく。


「案外、近くにいるのかも知れないよ」


 やけにトーンの落ちた声で輝が言った。


「まぁ、まだチャンスはあるよ、ヒカル」


 佑太が再び輝の肩を叩く。


「僕は負けたくない……」


 輝はライブハウスのドアを見ながらボソリと呟いた。

 その声は雅樹や佑太にも届いていない。

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