見えないナニか。





 ※三人称視点


 

 ソレは醜くも抗うためにあった。300年前の今日。そこで1人の少年が生贄としてソレに与えられた。

 その付近では守り神のような存在だったソレが、人間を欲したからだった。


 人々は、村人が居なくなることを悲しんだが、しかし躊躇うこともなく少年の命は消えた。

 その結果として、それまでと変わらない平和な日々が続いたのだ。田畑は豊作であり、害獣は現れない。


 まさに完璧な理想とも呼べる村は、次第に大きくなっていった。

 家が次々に立ち並び、森林は開拓され、野山は耕されていった。何もかもが理想で満ち溢れていた。






 家が燃えてる……。悲鳴と、怒声が聞こえる……。


(ココは……?)


 暑い。真夏の炎天下のように、ただただ熱い。

 何なんだここは、なぜ家が燃えている? 目の前に倒れているモノは何だ? 焼け腫れて崩れ落ちたアレは何だ?


(あ……あ……)


 手を見下ろす。真っ赤に染まった。じりじりと燃え盛る業火のように爛爛と照らす醜い瘴気が、あふれ出るように漂っていた。

 ぼろぼろの修道服に、どろどろの紅い液体が付いていた。


 視界の中は、赤。赤、赤、紅、紅、紅、アカ、アカアカアカアカ――――‼


「うぅッ! うルルゲルラアアァァァァ‼‼」


『黒ヲ殺セ……。深キ平和ニ…忘レ去ラレタ、記憶ヲ……与エルノダ…‥!』


「アアアァァ……AAAAAAA‼」


 びりびりと、皮膚が破れ、血肉を溢れ出す。ぶくぶくと流血する箇所が、膨張していく。

 血管がはち切れそうな程に沸き上がり、筋肉が拡張されていく。


――堕ちる……。


 視界が明滅するように消えてゆき、やがて再びの眠りに着いた。


 紅の色をした若葉が育つ、血と怨念を浴びながら育ち、やがて黒曜の砦を築いた。万物から守る砦に惹かれ、無知な人々は集まる。

 憎しみに囚われた砦へと入り込み、そしてまた、血と怨念は増えていった。


 時代は流れる。時代は過ぎ去る。それと同時に何もかもが進んでいき、古き者だけが取り残されていく。



――来た……。


 その日もまた、新たな獲物が侵入を果たした。進化の果てに幾千層と重なった下層に位置するそのフロア。

 楽し気な独りごとが聞こえ、それが怨念たちを燃え上がらせていく。視界は血で染まる。心は怒りに満たされる。


――来、い……。


 視界には映った。ソレの能力と、取り込んだ亡者たちの力を利用することで、幾つもの力を持っているのだ。

 ソレの後を、獲物は付いてくる。慎重に、不安を感じさせる足取りで近づいてくる。その様を、角の先から視るのだ。


 嘲笑いながら。


 ニヤリと口角が吊り上がる、涎の滴るような思いで、その瞬間を待つ。久方ぶりの食事、久方ぶりの血。


――さぁ、さぁ――――!


 ヅッ…‼


「?!?!」


――な…に……?


 狙撃のようだった。ソレの知覚外からの、強烈な一撃。

 心臓となる部位を貫通されたソレには、もう為す術など無かった。極上の獲物を目前にして、不明なナニかからの攻撃で死ぬ。


 理不尽だった、恨みと怒りが沸き上がる。


――呪ってや……ッ?!


 直後、感じたのは”殺気”と呼んで指し違いの無いものだった。ソレの知覚外から攻撃し、その距離から肌身が震えるほど禍々しい殺気を放つ。

 ソレが手を出したのは、もしかしたらとんでも無いものなのかもしれない、と、今さらながらに気付いたのだった。


 一瞬が永遠に引き延ばされる中、ソレはゆっくりと瘴気へと消えていく。浄化されるように、逃げ去るようにも見える。

 黒いモヤに包まれたまま、やがて霧散していき――


「ッ!……あれ?」


 レナが顔を出した時、そこには普通の通路が広がっていた。



――150層、”血課道ちかみち”。


 未だ正午には程遠い。

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