不穏



 [龍人ドラゴニュート族]の総数は、人類の中でトップと言われる[ヒューマン族]と比べ、あまりにも少ない。

 けれど、種族間で争いがあったのならば、俺たちは必ず勝てるだろう。それほどまでに、種族としての力がある。


 俺たち龍人族は、子供でさえも大国を相手にして勝てる程の力を秘めている。いうなれば最強の種族。物語の主人公でさえもびっくりの素質だ。

 けれどそれは、ひとえに龍の賜物たまもの。【龍化】が無ければ、1人1人の力は人族の数十倍程度。1国ともなれば無謀に過ぎるだろう。


 そういう理由で、龍人族は強い。あまりにも過剰に強いがために、寿命の長さも[古代森人ハイエルフ族]に勝るとも劣らない程だ。

 だからこそ、種族としての数は少ない。およそ1万にも満たない少数の中ならば、外見や性格が似ることも少ない。



――よって、今まさに下劣な笑みで近づく男どもが珍しいと言えるのだが……。


(せめて、俺とレナに来るなよ……)


「バカなガキだなっ!さっさと渡してくれれば、こうならなかったのにな」


 三下台詞を延々と口にしながら、男どもは歩み寄ってくる。

 木刀を構える俺を、ガキだガキだと言いながら、間合いには入り込まない。


(木刀の異常さは理解できるのだな……)


 どうも、俺はお金持ちの坊ちゃんにでも見えるらしい。

 木刀に込められた力から、俺にも力があると判断出来ない、感じ取れない時点で俺の敵では無い。


――まあ、もう勝っているのだが。


「それじゃあ……死ねヤッ!」


 男の1人が俺へと殴り掛かる――


――俺たちの《後ろ》で。


(【幻想魔法ニア・マジック】って便利だよな……。【見るモノは私のモノテレスア・ワールド】)


 男どもが今見ているのは、俺をひたすらになぶっている光景だろう。

 誰も居ない虚空を延々と殴り、悦を浮かべる男衆。これ程までに滑稽な姿を見ることはまずないだろうが、行う側ならば気分が良い。


「で、どこ行くんだ?」 

「何処でも良いよっ!」

「っ……はぁ」


 言いたいことは色々とあるが、そこは我慢。これ以上ポイントを下げられるのは俺にとっても、家族にも迷惑になってしまう。

 とりあえず、


(帰るか)


 家に戻ることにした。やっぱり、我が家が1番なのだから。

 

 幻覚を見続けた男どもは、ポイントが下げられたとかなんとか。やったね!これでポイント低い奴が出来た!……はぁ。







「上機嫌ですね」

「うん……」

「そうですか……ですが、意味も無い《お遊び》にうつつを抜かさないようにしなさいね」

「……はい」


 レナ・トワレイスは貴族だった。というよりも、彼女の母親が種族長の姉であり、父親が戦士団の隊長を務めているために、格式高い家の子であった。

 実の母親の冷たく、冷淡な声を全身に浴びて、レナは小さく返事をした。


 転生を果たし、可愛い容姿に裕福な家庭となったというのに、彼女の気分は落ち込むばかりであった。

 その心を見透かしたように、彼女の母親はレナを一瞥し、きっぱりと告げた。


「言っておきますが、彼はダメですよ。あんな問題児、異端者に貴方の価値を奪われてはなりません」

「……!」


 言い返したい気持ちが募り、そして霧散していく。どうしようも無いくらいの無力感が湧き出て、彼女は何も答えないままに部屋へと戻った。

 家の中に戻る数舜前までは包んでいた幸せと暖かさが、まるで嘘のように凍てついていた。


「リアス、君……」


 不思議な少年。その名を小さく呟き、抱きしめるように身を抱えた。

 その大きく見える背中を思い浮かべ、その姿を浮かべ、その温かさを思い出し、我慢が決壊した。


(嫌だよぉ……これじゃあ、《前》と何にも変わらない……。もう、あんなのは嫌なのに、変えたいのに……)


 震えが、止まらなかった。

 心の、魂にこびり付いた恐怖が、執拗に責め立てる。


 そのまま、彼女は抑えきれない感情とともに涙を溢し、朝を迎えていった。










「……」


 何かできる訳では無いけれど。


「諦めるって選択肢は、無いな」














「どうかしたか?」

「え……?」


 そう、リアス君が問いかけてきたのは、私が涙を流してから2週間と少し経った日だった。

 どうにも、最近ぼーっとしていることが多かったらしい私は、リアス君の一存で鍛錬を休んでいる。まだ子供な私たちに義務なんて無いから、1日中を鍛錬に回していた今までと違って、ここ最近はお昼寝したりをしている。


「な、なんでもないよ。ただ、気持ち良いなぁって」


 [龍人ドラゴニュート族]は洞窟の中で生活するがために、太陽の光はほとんど知らない。

 唯一地上から直結する大穴も、高度が有りすぎて光が届かないのだ。だからこそ、明かりという概念は天然の発光苔植物に頼っている。

 

 薄く緑の色を放つ岩石の傍に腰かけて、どこまでも続く薄暗い洞窟を眺める。それが最近の日課みたいなもの。


「そうか……」


 私の返答に、別段気にした様子も無く、彼もまた、視界を洞窟へと移した。


 もちろん、まったく大丈夫じゃない。ここ最近の夜は毎晩恐怖に怯え、泣きかけたことなんて数えきれない。

 隣に座る彼の胸に飛び込みたい衝動は、日に日に増えると同時に、諦めの感情も募っていく。


――全ては、彼のため。


 そう分かっていても、私は前世含めて高校生以下の心しかない。思春期真っただ中な私の精神が、この強過ぎる恋心を看破出来る訳も無い。

 これが、魂からこの世界の住人だったなら。そう考えることが、毎晩ある。




『貴方が13の歳を迎える時、種族長の息子さんとお見合いをします』


 そう、ハッキリと告げられたのが、つい先日だった。

 私が、私でいられなくなるまでの、死刑宣告をされたかのような気分だった。


 前世の数え方で、誕生日までは残り1か月も無い。こうして隣にリアス君が居る日々も、もう終わりが近付いていた。


「なぁ……」


 ふと。隣から呟きが聞こえた。


「レナは、今、幸せか?」

「ッ!」


 咄嗟に、即答することは出来なかった。母の姿、母の言葉、自分の未来。

 果たして私は、こんな人生に幸せだと言えるだろうか。


――でも。


「うん、幸せだよ」


(リアス君にだけは、迷惑をかけたくないから……)


「そうか。……っと、もう少しでお昼時か。父さんから手伝い頼まれてるから、先に帰るな」

「うん、わかった。それじゃあね」

「ああ」


 彼が立ち上がり、私に背を向けて去っていく。その背中が、少しずつ離れていく姿が、どうしても怖い。

 彼が離れていって、もう2度と私の元へは戻ってこない気がして……。


(リアス君……)


 私の胸に燻る恋の相手を、胸の中で小さく呟いた。それだけで、酷く胸が痛んだのは、きっと現実だったと思う。









(あんな辛そうな顔、黙って見過ごせるか)


 【覇王】が、静かに動き始めた。





――――――――――


 シリアスちっく(。´・ω・)?

 まぁまぁ……ヒーローは、遅れてやってくるんですぜ(*´з`)?

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