迷宮 sideレナ




 〝龍神冥窟ドラゴ・テテネレート〟と呼ばれる場所は、その名の通り巨大過ぎる洞窟となっている。入り口はただ一つ。

 入るだけでも高度200m程の高所から飛び降りるという自殺行為な上、下は龍神の鱗の欠片が混じっているとされる強度を誇っている。

 

 例を挙げるとするなら、熟練の[小人ドワーフ族]が全力で破城槌を叩き付けてもぴくりともしない程だ。

 

 そんな強度もさることながら、最も有名なのはその広さと区分だと思う。実は、世界中に8つあるとされる迷宮ダンジョン――8大試練宮――の最後である閻魔殿という迷宮があるのだ。

 これは、それぞれの迷宮踏破した際に確認できることであり、しかし誰も発見したことの無い迷宮であった。


――[龍人ドラゴニュート族]を除いて。


 彼ら彼女らは酷く好戦的であり、迷宮に現れる魔物の強さは、そんな戦闘民族にはもってこいだったのだ。ちなみに、RPGゲームのラスボスならワンパン級の魔物が徘徊する迷宮に、ピクニック気分で出かける人もいるらしい。


――レナである。


 毎日とまではいかないものの、喜々として迷宮へと潜っていく姿は……何だか奇妙なものであった。それと同時に、その奇妙な者に付き添う者も……。

 これは、そんな彼女がリアスと再会した日の話。


 迷宮には、必ず試練が存在する。先人たちはこの迷宮の挑戦者には、必ず注意するのだ。


――『150層の道を間違えてはならない』と。








「ふんふふ~ん、ふんふふ~ん♪」

「機嫌良いわね、何かあった?」

「うん! 今日で半年だからね!」

「あぁ、レナの言ってる彼のことでしょ? やっぱり私は信じられないけどなぁ~」

「リアス君の力だもん。そりゃあ完璧だよね!」


 話しかけてきたのは、友人のアリナ。リアス君と私の名前から取ってつけられた名前らしい。

 寂しさなんて無い。リアス君は帰って来る。私には分かるのだから。なんたって、両おも……。


「どうしたの? そんなに顔を赤くして?」

「な、なんでもないっ」

「はは~ん? さては愛しの彼の事想ったなぁ~?」

「いや、想うだけなら毎日だよ?」

「あ……う、うん、そうだったわね……(愛が重いわね……)」

「ん? 何か言った?」

「何でもないわ」


 そう、今聞き捨てならないことを言ってた予感がするけど、まあ許す! なんたって今日で半年なんだから!

 リアス君はきっと、前よりずっと強くなってると思うし、私も強くなったんだから、今度こそ渡り合ってみせる!


「今度は意気込んで……ホントに今日のレナは表情豊かね」

「そうかなっ? でも、楽しみなんだからしょうがないよ!」

「ええ、だから早く行きましょう?」

「そうだね、それじゃあレッツゴー!」


 そう掛け声をあげて、今日も迷宮に潜る。なんでも、世界中に散らばる迷宮の中でも一番強いのが此処らしい。

 世界中で一番という言葉に惹かれるように、私は此処に通い詰めている。毎回順路は変わらないけど、階層が多い。やっぱり、一番難しいのはシンプルなものなのかもしれない。


 半年をかけてやっと142層まで到達したけど、先人によれば未だに全階層の2割にも満たないらしい。

 敵の強さも、初めに比べて格段に強くなった。きっと私にチートが無かったら負けていた敵もいたと思う。


 今日で半年、今日で節目。だから張り切って、150層に挑むことにした。





「【火種】【拡散】【着火】」


 ゴオォッ!


 渦巻く炎の前に、哀れな虫は燃え消えていく。148層ボス攻略の間。1日で6階層分も攻略できたのは久しぶりで、何だか気分が良かった。

 このまま順調に進めば、お昼頃には目標の150層に到着できそうだった。


「相変わらず不思議な原理ね」

「私の炎?」

「えぇ。蒼い炎なんて初めて見るわよ」


 これは記憶によるチートだと思う。テンプレみたいに、やっぱり魔法の威力増加は理屈をイメージすると格段に上がった。

 けれども、それをただ教えるだけじゃ強くならないみたいで、アリナは普通の赤い炎のままだった。詳しいことはよくわからない。


「ふぅ」


 一掃された虫たちを見ながら、小さく息を吐く。この次の階層を攻略したら帰る。

 期待に胸を膨らませながら、私は次の階層へと足を踏み入れた。



――……。……ルゥ……ゥ……。


「あれ?」

「どうしたのよ? 急に立ち止まって」

「今、何か音しなかった?」

「そう? 私には聞こえなかったけど……」


 そう、だったのかな。何だか一瞬、酷い寒気に襲われた気がした。

 150層、今までの経験から、その半分辺りまで攻略出来ていると思う。出会う魔物はさっきの階層よりちょっと強い程度。

 これならそこまで時間が掛かる訳でも無さそうで、私としても胸が高鳴る。



――……ゥ。……。……グ…ゥ……。……。


「聞いた? 今の」

「……」


 返事が無い。今度のは流石に聞こえたと思うけど、もしかして怖い?

 可愛いところもあるなぁ、なんて考えつつ、アリナの方を向く。


「あれ? アリナッ――?!」


――そこに、人は居なかった。


「アリナ? …‥アリナっ!」


 反響する声だけが響いていた。誰も居ない。気付けば、生物の反応すら無かった。


(ど、どうしよう……!)


 アリナが居ない今、下手に帰るとアリナが危ない。私の”力”無しじゃ勝てない敵もいるのだから。

 

(まずは、アリナの場所を……あれ?)


 視界の隅を、何かが通った。不意にそちらに視線を向ければ、迷宮の角があるだけ。見渡せば、丁度ここは幾つかの道が交差している場所みたいだった。

 私の前方に2つ、横に1つ、背後に2つの道が続いていて、その後ろを、何かが通った気がした。


 敵意は感じられない。それどころか、生物の反応すら感じ取れない。

 けど、今感じた何かは、絶対に生き物だったはず……。


(……ッ!)


 苦渋の決断とともに、私はアリナを探すために広げていた魔力を全て霧散させる。と同時に回収して、万全の状態に戻す。

 今話した通り、私は特殊な魔力を扱うことができる。自分の意志通りに動かせ、体内を循環させる、普段通りの魔力と同じ役割をも果たす永久機関。


 私はこの特殊な能力を、〝無限のエネルギーエターナル・コア〟と呼んでいる。閑話休題。


「よし……!」


 小さく息を吐いて、私は違和感のあった通路へと歩み進む。その先に何があるのかという好奇心と、アリナを探すために。

 どちらにしろ、手掛かりの無い今、何かしらの違和感を追い求めるしかアリナは見つからない。


(頑張らないと……!)


 見えない決意を燃やしながら、私は角を曲がった。

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