VS魔王




 洞窟の中を、涼しい風が吹いた。少し肌寒いような風が、通り過ぎるように消えていく。

 

(見えた……)


 視界の奥に、レナの姿を捉えた。地面に横たわり、隣に戦士団長も倒れている。さらに視界を移せば、恐らくレナの母親だと思う人物も倒れている。

 そして――


嗚呼ああ、来てシまっタか……」

「当然」


 低く渋い声で、俺の来訪を証明してみせた。その姿は、全身が黒紫とでも呼ぶべき色で、漆黒色の角が2本、捻くれた形で生えている。

 ローブを深く着込み、頭と足先のみが出ているような状態。魔族の瞳は、紅の色をしていた。


「500年前、《我ら》は其方ソナタに負けた。我らの計画を阻止されたのは、それで《2度目》だった…‥」

「2度目……?」


 思わぬ疑問が出てきた。500年前、俺は魔王軍を単独で滅ぼした。およそ人生の全てを掛けて準備を重ね続けて、何とか勝利したのだ。

 それが、全てだった。……はずなのに、彼は今何と言った?


しかり。820年前の時も、其方同様に我らの邪魔をする者が現れた……」


 俺の呟きに、彼は――魔王は――そう答えた。

 そんな記録、何処にも残っていなかった。だからこそ、俺はその未知の話題に意識を向けざるをえなかった。


 そして、その先を促そうとした。


 瞬間。


「!」

「あぁ……」


 熱い吐息が、魔王の口から放たれた。まるで、惜しむように。

 けれど、そんな魔王の小さな様子に気付かない程に、俺は魔王の大きな変化に目を奪われていた。


(瘴気……いや、何だこれは……?)


 黒い、モヤモヤとした何かが魔王のからだを包み込んでいく。その姿は、まさしく悪魔の風貌を醸し出していた。


「残念なことに、時間のようだ」


 やがて、瘴気のようなソレは魔王の姿を完全に掻き消し――


「全てを話すには、時間が足りないようだ。さらば、《龍の子》よ」


――【消滅因子の軌跡パルス・セテトラ


(ッ……!?)


「【瞬不死シニタクナイ】!」


 眩いほどの光が、世界を満たし――全てを破壊した。

 およそ洞窟内の、魔王を中心とした1km四方ほどの龍神水晶柱ドラゴ・アルトロースを含む外壁も全てが平らになっていた。


 咄嗟に発動した魔法で回避してから、俺は視線を魔王へと向ける――瞬間、


「【爆炎塵の球來フレア・ネア】」


(容赦無しか……ッ!)


 高速で飛来する超高温の熱球を前に、俺は両手を前へと翳した。


「【招来サモン天朧幻之剣あまのおぼろげんのつるぎ】ッ!」


 手のひらに輝く円が現れ、そこから一振りのつるぎが現れる。

 柄から刀身の先までにかけて、純白で染色されている。一切の模様は無く、僅かな光は刀身を淡く照らし――いや、透けているかもしれない。

 

 それほどまでに、不思議な雰囲気を持った剣だった。


 そして、剣は熱球を前にして、その中心目掛けて、傾けられた。

 その切っ先が、熱球に直撃した瞬間、


 跡形も無く、熱球は消滅していた。別に特別なことをした訳では無いと俺は顔で表現してみる。

 対して、魔王も大して驚いた様子はないようだった。そしてそのまま、次の魔法を告げる。


「【彗迅烈風オーレラ・テトラ】」


 放たれたのは、扇形の碧色をした水の刃だった。真っ直ぐにこちら目掛けて様々な角度から飛来する。

 渦中に虫とはこのことで、俺はきっと虫の側だろう。けれど、俺は再び剣を前へと突き出す。


 刃と刃が触れる――直前、


「【鏡界法転ヒステリック】」


 魔王が、新たに魔法を唱えた。直後、水の刃はその軌道を真っ直ぐに変え――


「ッ!」


 僅かに剣を避けて俺へと再び飛来する刃を、強引に剣を振るうことで対処する。しかし、どう考えても悪手だ。

 突然の事態と、未知の攻撃に未だ順応出来ていない。落ち着くように、大きく息を吸って、


「かはッ?!」


 視界が歪んだ。思わず口を押えると、そこから大量の血が溢れ出していく。

 魔力を視れば、辺り一面に毒のようなものが広がっていた。それも、《一瞬で多量に吸わないと発動しない》ような悪趣味な毒。

 

 条件が厳しい程に、生み出される毒は強い傾向にある。今回の場合が顕著だろう。


(――――ッ!!)


 強引に体を捻り、残った水の刃を回避する。《犠牲を前提とした避け方》で、勿論左腕を差し出した。

 一瞬、水の刃が途切れると同時に俺は大きく後方へと跳躍する。


「【解毒キュア】【耐性レジストポイズン】」


 応急手当で、ある程度の毒を治し、抗体を精製せいせいしていく。

 再び飛来する刃に対して、剣を力任せに振るって対処していく。魔法を使うには余裕が無さすぎる。


 だがしかし、無理な勢いなために力は余分に溢れ、軌道はズレ、体力は著しく減っていく。それには、毒を吸わないように上手く酸素を吸えない要素も加わっていた。

 やはり、500年前のあの時、魔王は全力では無かった。現にそれは、俺が身を以て経験している。


 魔の頂点にして技の極み、魔法に関することで右に敵う者などいないだろう。


「チッ!【閃光フラッシュ】!」


 何の仕掛けも無い、ただの光。眩い輝きが、洞窟内を支配した。魔王の視界を奪ったのはコンマ1秒程度。しかし、俺の姿が消えるのには充分だった。

 魔力の残滓を四方に撒き散らしたお蔭で、俺の位置の特定はまだできていない。


 しかし、この隙に魔法を使うことは出来ない。そんなことをすれば、一瞬で場所が特定されてしまう。

 だからこそ、俺は《魔力を拡散することで、音の伝導体》にした。そして、一呼吸。




――『なぁ、目的は何だ?』


 




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