幻と己と




 レナ・トワレイスは〝転生者〟だ。この世界に生を受けてから10と数年、彼女はその事実を受け止め続けている。

 けれど、心の何処かで《自分》に迷っている。記憶の中にある、見知らぬ世界で生きる自分が、本当に今の自分なのか。


 ”女子高生だったレナ”は思う、”[龍人ドラゴニュート族]のレナ”は私自身なのか、と。

 記憶があるから、意識がある。けれどそれは、女子高生のレナだ。体は違う。この世界で生きるレナだったはずのもの。


 もしかしたら、レナ・トワレイスという人格を奪い、私がいるのではないか。未だ2歳にならない時に彼女が感じた時から、その悪夢は離れなかった。

 

(恨んでる、よね……)


 きっと、いや、確実に恨まれている。なぜなら、奪ったのは自分だから。


――怖い。


 見ず知らずの自分の死が。殺してしまったという事実が。

 わかっている。これは推測であって、実際の事など確かめようのないものだと。


 けれど、考えずにはいられない。だからこそ、彼女は求めた。自分自身こそがレナであるという証明を、存在する場所を。

 必死に、必死に……なぜなら、それは――




「《ソレ》はどっちだ?」

「えっ……?」


 声が、響いた。彼女の耳に浸透するような、優しい声。なのに強い意志を感じさせる、彼の声。

 

 胸の中で渦巻く黒い陰が、ゆっくりと晴れようとしているのを、彼女は感じた。






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 何かが可笑おかしいと思ったのは、《まったく動く気配の無い戦士団長と魔族》と《反応の無い[龍人族]達》だった。

 恐らくだが、魔族は洞窟内の広範囲に渡って【幻術】を掛け、その上で結界を張っているのだ。


 結界の効果も【迷える結界】と呼ばれる【幻術】の一種だと思われる。だからこそ、似た種類の【幻想魔法ニア・マジック】を持つ俺には効果が薄い。

 理解すれば早かった。つまるところ、魔族は結界に幻術といった広範囲に及ぶ魔法を扱いながら、戦士団長を相手に出来る程の強さを持っていて――


――そして所詮、《その程度》だということ。


 どんなに強力であろうと、幻であるというだけで俺には通用しない。同じ属性の魔法は、掛かり辛いのだ。

 

「【幻想魔法ニア・マジック】」


 塗り替える。全てを――現実を、幻術を――


(【回転する世界Ⅱの世界】)


 視える。崩壊していく幻術が。呑み込んでいく幻想が。

 

(……ハッキリしたな)


 これ程の大魔法を発動して尚、戦士団長を圧倒している魔族。前世において、魔に連なる眷属はほぼ全て滅ぼした。

 俺の感知出来る範囲の全ての魔族は殺したのだ。それは、魔王を斃した後に確認出来た。

 

 強力な魔法を扱い、魔に連なり、魔族で無い者。


 俺の知る限りでは、たった1つの存在しか居ない。そして、そうすれば何が狙いかなどすぐに分かる。

 彼らが求めているのは、〝異界の魂〟だ。それを媒介にした魔法によって、魔神を蘇らせることが出来るのだ。


「レナ……」


 前世から含めて、初めて心を許せる気のする少女。反応は気絶しているだけだろう。

 しかし。


(魔族の反応は……だよね……)


 戦士団長の反応は先ほどから不気味なほど動きが無かった。恐らく、既に幻術に掛かっているのだろう。

 対する魔族は、予想通り、レナのすぐ傍にあった。


――転生を果たした。


 世界が変わり、時代が変わり、種族が変わり、場所が変わり、何よりも己が変わった。

 大丈夫。リアスは強い。大丈夫、大丈夫だから……!


「ッ……!」


 記憶にあるだけで、”リアス”は知らない。未知なる戦い、その先に視える未来は、記憶の中でたった1つしか思い出せなかった。

 誰もから向けられるであろう、恐怖と畏怖。前世で覇王という男への感情は、悪意的なものが多かった。


 何よりも、俺自身の戦い方は醜い。当然だ、平民だった俺に格式高い流派など無いし、作法なんて分からない。

 意地汚く罠に罠を重ねて、確実になるまでほとんど攻勢に出ない。ハッキリ言おう、俺は戦いが苦手だ。諦めることは無い、負けることも。けれどその未来への過程がどうしても怖い。

 

 未来にある彼女から向けられるかもしれない感情が怖い。死が怖い。

 

(弱い、な……)


 未だ10と数年しか生きていない少年には、想像も出来ないほどの闇が待っている。

 〝俺〟の記憶を、〝リアス〟が否定する。だから〝リアス〟の怖さを〝俺〟が否定する。


「よし……!」


 俺とリアスで1人の人だ。まだ完全にでは無いけれど、互いを認め合っていけたらと思う。



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