決闘


 

「ご馳走様でした。リアス君、ありがとう」

「ご馳走様でした。なんで礼なんか?」


 おにぎりを食べ終わると、彼女は微笑みながらそう言ってきた。


「幸せだなー……って、思ったからかな。こんな毎日、私は好きだよ」


 そういうのはズルいと思う。

 そんな事を言われたら、お世辞でも嬉しくならない奴なんていない。こんなにも気分を変えさせられるのは、レナのせいだ。

 だからこそ、俺も言い返したくなる。


「……お、俺も、レナが居ると幸せだよ……」


 あ、ダメだ。これ。


 顔面が類を見ない程に真っ赤になっていくのを自覚しながら、俺は俯いた。

 レナの表情を見る余裕もなく、ただただ恥ずかしい。


 沈黙が舞い降りた。彼女の反応が《怖い》。

 恐れるがままに、俺は繕うように言う。


「あ、え、えっと………別に、そういう意味じゃなくてだな」

「じゃあ、どういう意味?」

「え?」


 っと、そこで初めてレナが反応した。今度は、先ほどまでと違って若干怒ったように。

 

「どういうつもりで私に言ったの?」

「え、あ、えっと………」


 言葉に詰まる。どういうつもりなのか。


 本当のところ、俺自身もなぜそんなことを言おうとしたのかわからない。

 けれど、ただ、今ならその言葉を言える気がして、言いたくなったからだ。そこに含まれた感情はわからない。


「もしかして、そういうこと、他のにも言ってる?」

「え? 他の子って……言わないさ」

「怪しい」

「それは、信じてもらえないと……」


しどろもどろになりながら、必死に返す。

 致命的な失敗を犯した俺に、どこか焦燥を感じさせる表情のまま、彼女は言った。


「決闘して」

「……は?」

「だから、リアス君の事を確かめるために決闘して」


 至極真面目な顔で言われた。


(え? ちょっと待て。今の時代ってもしかして証明手段として決闘してるのか?)


 何だその物騒な世界。まあ、この世界なんだが。

 俺の戸惑う表情を見てか、彼女は少しだけ空気を柔らかにするように優しく告げた。


「大丈夫だよ。私、リアス君の癖全部知ってるから」

「……」


(……どうやって返せば良いんだ?)


 そんな心境でいる俺を気にもせず、彼女は微笑みを絶やさないまま言う。


「それじゃあ、ろっか」

「え、あ、うん」


 (言葉の漢字が違う気が……)


 何だか一瞬、寒気がした気がした。







――それは途轍とてつもなく瞬くほどの時だった。


 覇王と呼ばれた俺が、

 最強を自負した俺が、

 

 認識できない《速度》で、彼女はそこに〝居た〟。


「ッ!」

「ふふっ」


 ふわりと、風が頬を撫でるかのように、剣が振るわれた。

 刀身は40cmほどの、明らかにリーチの短い黄緑色の短剣。けれど、下から切り上げられた速度は、俺には認識できなかった。


 思わず反射で後方へと『縮地』を使う。動揺の中でも、刻み込まれた反復行動が自然と働き、一瞬の乱れなく距離を引き離せた。


「ね、リアス君の癖は知ってるんだよ。戦うとき、いつも最初は油断してるよね」


 「そんな事は――」と言おうとして、口をつぐむ。

 何よりもそのげんは、今目の前に立つレナ自身が身を以て俺に教えてくれたことだ。


 戦闘の際、確かに油断があったかもしれない。本当に瞬き一回分ほど、周囲の全てを切り離していた。

 だからこそ、その瞬き一回分を狙われたのだろう。


「!」

「楽しそうだね。良いよ、私もリアス君にか弱いだけじゃない女の子なんだって証明するんだからね」


(もう十分だろうけどな)


 けれど確かに、この〝敵〟と戦いたい。

 おごりがあったかもしれない。けれどそこに、舐めた心は寸分も無い。

 

「【火焔鎧の装飾フレイム・オブ・アクセ】」


 赤い炎が身を包んだ。攻撃力を強化するとともに、短剣というリーチの短い武器の攻撃にハンデを与える。

 彼女の速度は、油断せずしても僅かに俺の動体視力よりも速い。

 ならば、短剣の間合いよりも大きく炎で覆えば、攻撃には必ず返せるはず。


「……俺も本気でやる」

「なら、私も頑張るね」


 剣は無い。それを使うのは決闘という場では無いと決めたからだ。

 だから俺は――


「【純極木刀】」


 右手を空中へ躍らせると、その中につるぎが生まれる。

 その刀身は木製であり、長さは1mと少し程度。だがしかし、強度は鉄を軽く上回り、バターのように切ることもできる。

 

 それを右手を楽にして構え、垂直に立つ。

 彼女も、短剣を胸の前に兆して構えた。


(先に動くのは向こうだ)


 彼女の取り得はいわば速度のみ。ならば、打ち合いでは無く先手必勝、一撃離脱が望ましい。

 だからこそ、同じタイミングではなく、向こうから攻めてくるはずだ。


 今はただ、静かにその時を見極めれば良い。








 風が柔らかに吹いた。


 剣先が、俺の頬を切り刻む。


「ッ!?」



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