第5話 小十郎家督を継ぐ

 天正二年(1574年)十月中頃、小十郎は父景綱から意外なことを告げられた。

「小十郎、よく聞け。わしは、そなたに家督かとくを譲ろうと思う。今が丁度良い頃合だと思うてのう」

景綱の表情はいつになく真剣だった。

「えっ? 突然何を……、父上。それは無茶というものです。私のような若輩者じゃくはいものがどうして片倉家をひきいて行けましょうや?」

小十郎は父景綱の突然の申し出に驚き、抗弁した。自分などに、今すぐ父の後を継げるほどの力量が備わっているとは到底思えなかったからである。父の偉大さに比べれば、自分の力量などは無に等しいと思った。               


 そう思うのも無理はなかった。景綱は輝宗の信任も厚く、政宗の守役もりやくとして早くから政宗に仕え、政宗の養育係を務めたほどの人物である。又、武勇と智謀に優れた武将として伊達家中でも一目置かれる存在だった。政宗がまだぼん天丸てんまると称していた幼少の頃、みにくく飛び出した政宗の右目を小刀で突きつぶしたのが景綱であった。それ以来、恐ろしく肝のわった男として畏敬の念を集めていた。無論、武将としてこれまで数々の戦功も上げている。何から何まで父に遠く及ばない。小十郎の正直な気持ちだった。

「まあ、待て小十郎。わしが昨日城に上がったことは知っておろう。大殿の急なお召しであった」

小十郎もそのことは知っていた。何でも、前夜城から使いが来て、明朝早く登城せよとのお達しだったとか。景綱の側近からその話を聞いた時は、はて、戦評定いくさひょうじょうであろうか? とも思ったが、今は全ての敵対勢力と小康状態が保たれていた。それに、厳しい冬が目前に迫っているこの時期に、軍勢を動かす愚は避けるはずだった。小十郎にも急な登城の理由は分からないままだった。

「わしも、何事かと思って参上したが、いや、めでたい話じゃったわ。まことに良き話であった。さすがは大殿じゃ。よくぞご決断下された。小十郎! 我らの行く末は明るいぞ」

「父上! いったい何を……、めでたい話とは何ですか? もったいぶらず、早くお聞かせ下され」


 小十郎は父景綱から聞かされる意外な話に大いに引き込まれていた。景綱をここまで興奮させる話とは何なのか、そのめでたい話が片倉家の家督相続とどう関係しているのか、早く知りたいと思った。

「うむ。小十郎! 大殿は政宗様に家督を譲ることをお決めになったぞ。二、三日中にご譜代ご家来衆を集めて申し伝える手はずになっておる」

「えっ、それは真でございますか? 父上。政宗様が新しいご当主になられる! なんとめでたい! 真にめでたい話でございます」

小十郎は政宗の近習衆の一人として、政宗の家督相続を素直に喜んだ。いよいよ自分たちの時代が来たのだと胸を躍らせた。小十郎は熱い血潮が全身を駆け巡るような感覚を覚えていた。

「わしの他にも、遠藤元信殿や伊達実元殿、原田宗時殿など十人ばかりが参っておったわ。わしらが大広間で待っておると、大殿が入ってきて開口一番こうじゃ。『わしは政宗に家督を譲るぞ。わしは隠居する。その方等、異存が有れば申してみよ』とな」

景綱は嬉々ききとした表情で大広間でのやり取りを語って見せた。

「無論我らに異存などあろうはずもない。皆、もろ手を挙げて賛同じゃった。政宗様には大将としての器量がすでに備わっておる。家中には弟君の小次郎様を推すものもおるようじゃが、とんと見当はずれよ。この乱世に伊達家を引っ張っていけるのは、政宗様を置いて他にないとわしは見ておる」

「私も、そのように考えます、父上。それに、何よりも政宗様のお志はとても高うございます。政宗様は天下を望んでおられますから」

わが意を得たりとばかりに小十郎も声を弾ませた。

「はっははは。その事よ、小十郎。その方覚えておるであろう。以前、大殿の前で政宗様の天下取りの話をしたであろうが?」

「はい、父上。良く覚えております。あの時は、大殿に随分とあきれ返られました」

「あっはは。そうであったな……。ところが、だ。実はあの日、その方や政宗様から天下取りの話を聞いたことが大殿の此度こたびの家督譲りにつながったのじゃ。大殿はあの日のことを振り返って『自分には思いもつかぬことを小十郎や政宗は考えている。途方もないことだが、この者らであればあるいは夢物語が夢ではなくなるかも知れぬ。わしもこの者らに伊達の行く末をかけてみたくなった』と仰せられた」

「真でございますか? 私はてっきり、若い者の戯言ざれごととしてお聞きになられたとばかり思っておりましたが……」 

「そしてこうも言ったのだ『わしの役割はここまでじゃ。これ以上居座れば若い者たちの足を引っ張ることになる。わしは政宗に家督を譲ることにする。今が良い潮時じゃ』とな。真にご立派なご決断であったわ」

「さようでございましたか。私も政宗様に命を懸ける覚悟でございます」

「うむ。政宗様は必ず大きくなられる。守役として政宗様がご幼少のころからお仕えしてきたこのわしには、よく分かるのだ。後は小十郎、その方等御近習衆がしっかり政宗様にお仕えすれば、何の心配も要らぬというもの。」

「はっ、心得ております」

小十郎は答えた。

「そこでじゃ、小十郎。そなたにもこれまで以上に存分の働きをしてもらわねばならぬ。その為に、わしも大殿に見習うて、そなたに家督を譲ることに決めたのじゃ。そなたは歳も政宗様と同じ。政宗様が家督を継ぐなら、そなたも家督を継いだとて何の不思議があろう。これからは、小十郎。そなたが片倉家を率いてゆくのじゃ。良いな?」

噛んで含めるように景綱は言った。景綱の意志は固く、いかなる抗弁も許されそうになかった。小十郎もさすがに観念して、おとなしく従った。


二日後、輝宗は米沢城本丸館の大広間に、主だった譜代家臣を集め、政宗に家督を譲る旨の宣言をした。そして、改めてその場で一人一人に政宗への忠誠を誓わせた。この時、政宗十八歳。輝宗四十一歳であった。輝宗は家督を譲った後直ちに米沢城を出て、米沢郊外の館山城に移り住んだ。ここに、政宗は名実ともに奥州きっての名門伊達家の第十七代当主となったのである。

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