第27話 風雲三春城(2)

 六月十一日、朝。義胤率いる相馬軍五千が三春に入った。義胤は三春城からさほど遠くない地に四千の兵を留め置き、自らは千の兵を率いて三春城に向かった。三春城に着くと、弟隆胤を使者に立て、訪問の趣旨を伝えて速やかな入城を求めたのだった。訪問の目的は、あくまでも義胤の叔母である於北の方(田村清顕後室)への病気見舞いであった。この頃三春城内では、於北の方が風邪をこじらせた挙句、心の臓までも悪くしたらしいとの噂がしきりに流れていた。

 他方、城側で応対に当ったのが橋本顕徳であった。顕徳は大手門を固く閉じたまま、自らは門の外に出て隆胤を迎えた。互いに床几に腰を下ろし、向かい合った。二人とも具足姿である。

「はて、於北の方様への御見舞いと申しながら、この戦支度。解せませぬな。何か良からぬ企みでも、お持ちなのではござらぬかな? 隆胤殿」

顕徳が皮肉たっぷりに問いかけた。

「これは異なことを申される。我が主義胤は相馬家の当主にござる。身辺警護を怠らぬのは当然のこと。まして、今は乱世にござれば尚さらと考えまする」

隆胤は平然と答えた。

「ふっ、ふ、ふ。まあ良いわ。於北の方様の病気見舞いとあらば、主宗顕様も否とは申さぬ。ただし、供の者が千とはちと多すぎる。半分の五百にて通られよ」

顕徳はズバッと条件を付けた。

「待たれよ、橋本殿。わずか千ばかりの供の数に文句をつけられては、我が主の面目が立たぬ。その件は平にご容赦願いたい」

隆胤も負けてはいない。二人は供の人数をめぐってしばらく遣り合ったが、らちが明かないと見た顕徳が話を打ち切り、改めて切り出した。

「そこまで言われるなら、やむを得ん。このうえは我が主の御裁可を仰ぐのみじゃ。それがしが主のもとへ行き、裁可を得て戻るまでしばし待たれよ」

しからば御免、と言い残して、顕徳はそそくさと城内に消えた。


「ふむ。隆胤はそう申したか。さすがに五百では少ないと見たか? 今や城内に、相馬の息のかかった者はおらぬからのう」

宗顕は顕徳の報告を聞いて、さもありなんと思った。宗顕はひと月前に、今日の日に備えて相馬派の面々を城から追放していた。いざという時に寝返られては面倒と思ったからである。その辺の事情は、当然義胤の耳にも届いているはずであった。

「はい。そのようでございます。城内に味方がいない以上、何か事を起こすには少なくとも千は必要と考えたのでしょう。おそらく、城外の四千の軍勢を引き入れる算段でもしているものと思われます」

顕徳が懸念を伝えた。

「笑止。顕徳! 隆胤とやらに申し伝えよ。供の人数はあくまで五百。それが不服なら早々にお立ち去り願いたい、とな」

宗顕は怒気を含んだ声で顕徳に言った。茶番はここまでだと思った。五千もの軍勢を引き連れての病気見舞いなど、有ってたまるかと思った。義胤が叔母の病気見舞いを口実に、兵諸共に入城し、事を起こそうとしているのは明白であった。義胤が素直にこちらの条件を呑むとは思えなかったが、それならそれでも良いと宗顕は思った。迎え撃つ準備はとっくにできていたからである。


 顕徳は急ぎ大手門まで戻り、宗顕の言葉を隆胤に伝えた。すると、意外にも隆胤は反発するどころか素直に条件を呑んだ。顕徳は義胤一行を通過させるために門を開けさせた。続々と相馬兵が入城した。そして、行列の中央付近にいた義胤自身が城の中に入った頃、異変が起きた。すでに兵の半数以上が入城したにもかかわらず、その後も入場が止む気配がなかったのである。相馬兵は決め事など一切なかったかのように入城を続け、早三分の二に達していた。

(しまった! 最初から約束を守る気などなかったのだ。開門させるための偽りであったか。おのれ、隆胤奴!)

顕徳は馬に飛び乗り、行列の前方を行く隆胤を追いかけた。すぐに追いついて馬上の隆胤に詰め寄ろうとしたが、顕徳の剣幕に驚いた周囲の兵士らが一斉に槍を構えた。

「これは如何なる仕儀か、隆胤殿! 約束が違うではないか! 我らを愚弄ぐろうするつもりか!」

「愚弄するなどとはとんでもない。我らはただ相馬家当主にふさわしい陣容を考えたまでのこと。確かに一度は得心し、そちらの条件に従うたが、途中で気が変わったということじゃ。許されよ」

隆胤は傲然ごうぜんと言い放った。顕徳の抗議など歯牙にもかけぬ風であった。

「き、気が変わっただと? よくもぬけぬけと。いいか、 よく聞け! 直ちに引き返せ! さもなくば、痛い目に合うぞ!」

顕徳は大音声だいおんじょうで呼ばわった。もはや長居は無用であった。この様子を早く宗顕様に伝えねばと思った。顕徳は馬首を返すと一鞭当てて、頂上の本丸目指して一気に駆け上った。


顕徳の報告を受けた宗顕だったが、半ば予期していたのか、たいして驚く様子も見せなかった。

「やはり、そう出たか義胤奴。ならば、思い知らせてやるまでじゃ。顕徳! かねての手はず通り、存分に暴れてみよ。今すぐ揚土門あげどもんに向かえ!」

「はっ!」

顕徳は一声応じるなり、すぐさま馬に飛び乗り、走り去った。

 

 宗顕は義胤が強行突破を図ってきたときに備え、すでに手を打っていた。三春城は標高四百メートル余りの平山城であるが、頂上の本丸にたどり着くまでには五ヶ所の関門を潜らねばならない。即ち、大手門から始まって、二の門、揚土門、三の門、大門の順である。宗顕はこの登城経路の中で最も効果的に迎え撃てる場所に、鉄砲の大部隊を配したのである。その場所が、二の門から揚土門に至る登城路であった。この路は左側が下りの急斜面、右側が上りの急斜面となって揚土門まで続いていた。もし、上り斜面上方から一斉射撃を受ければ、逃げ場はなかった。又、反撃しようにも、撃たれずに急斜面を登るのは不可能であった。そして、運良くその場を逃れ、揚土門までたどり着いたとしても、やはりそこにも百五十挺の鉄砲部隊が待ち構えているのである。宗顕は揚土門で相馬勢を食い止め、ここを相馬兵の墓場にするつもりだった。


 一方、そうとは知らぬ相馬軍は続々と二の門を通り、揚土門に向かっていた。そして、義胤が二の門に差し掛かった時、伝令が本隊四千の到着を知らせた。入城と同時に義胤が呼び寄せたものだった。本隊の半数二千は義胤の後を追って入城した。残りの半数は城を取り囲み、いつでも突入できる態勢を取った。全ては事前に示し合わせていた通りの行動であった。

 義胤は二の門で後続部隊の到着を待ち、身辺の守りを強化した。田村軍の攻撃を予想したからである。強引に入城した以上、何時戦端が開かれてもおかしくはなかった。義胤は田村軍が戦端を開けば、それを契機に一気に決着を図るつもりであった。兵力で優っているうえに、すでに城の内側に千人以上もの相馬兵が入り込んでいる。しかも、大手門、二の門は自らの手中に有った。合図一つで城を囲んでいる二千の兵が難なく城内に突入できる。負ける理由がないと義胤は思った。

(三春城は間もなく我が物となる。そして、田村領も……)

義胤は親子二代にわたる悲願、田村領制覇の夢が今まさに叶えられようとしていることに胸を熱くした。

しかし、義胤のその夢が無残に打ち砕かれるまでに時間はかからなかった。


 相馬軍の先頭が揚土門近くまで迫った時だった。突然、すさまじいばかりの銃声音が三春城を包み込んだ。田村軍による銃撃であった。それまで身を潜めていた鉄砲組兵士が、急斜面の陰から一斉に姿を現し、ここぞとばかりに撃ちまくった。百五十人づつ三隊に分かれ、交互に射撃を繰り返した。いわゆる三段撃ち戦法である。此処ここひと月の集中訓練によって見違えるほど腕を上げた兵士達が、見通しの良い急斜面の上方から、狙いすまして引き金を引いた。相馬兵が逃げる間もなく次々と血を吹いて倒れた。馬ごと反対側の下り斜面を転げ落ちる者もいた。アッと言う間に、二の門から揚土門にかけての登城路は、相馬兵のしかばねでいっぱいになった。

 そんな中、かろうじてその場を脱出したのが相馬隆胤であった。隆胤は数十人の兵と共に揚土門の前までたどり着いた。たどり着いて、隆胤はギョッとした。目の前に、二列に整列して銃口を向ける田村兵の姿があったからである。前列の兵士は片膝をつき、後列の兵士は立ったまま、各々銃の狙いを定めていた。鉄砲隊の背後には、槍の穂先をきらめかせた二百人ほどの将兵が、今にも飛び出さんばかりに身構えていた。そして、その中心に騎馬武者姿の橋本顕徳がいた。

「これは、これは隆胤殿。よう、参られた! 最後はこのわしに討たれようとてここまで参ったか? 殊勝な心掛けじゃ。誉めて取らすぞ!」

顕徳は大音声で隆胤に言い放った。

「な、何を、図に乗りおって! 貴様を地獄の道連れにしてくれるわ。覚悟せい!」

言うが早いか、隆胤は大刀を振りかざして突進した。数十人の相馬兵が後に続いた。

「撃てっ!」

間髪を入れず顕徳が命じた。田村兵の銃口が一斉に火を噴いた。真っ先に標的になった隆胤に、銃弾が降り注いだ。隆胤の体は、一瞬硬直したようにその動きを止めたかと思うと、次の瞬間ドッと前のめりに倒れこんだ。後に続いた相馬兵も、半数以上が血を流して倒れていた。

「それ! かかれ! 一人も逃すな!」

顕徳の合図で、槍を構えた兵士らが、解き放たれた猟犬のように一斉に走り出した。

(む、無念じゃ。や、奴らにこれほどの鉄砲の用意があったとは……。兄上、どうかご無事で! どうか……)

隆胤は薄れゆく意識の下で兄義胤の無事を祈った。田村兵のおめき声が急速に近づいてくるのが分かった。隆胤は最後の力を振り絞り、大刀の刃先を首筋に押し当てると、一気に手前に引いた。


 その頃、相馬義胤は二の門から大手門、更には城外へと逃れていた。義胤が無事だったのは、二の門で後続部隊を待った為に、先に進むのが遅れたからであった。幸運と言わねばなるまい。

義胤は弟隆胤の身を案じて、二度まで揚土門突破を命じたが、その都度手ひどい反撃に合って撤退を余儀なくされた。田村軍の火力はそれほど圧倒的であった。義胤はこれ以上の犠牲を良しとせず、全軍に退却を命じた。

 結局、この日二の門を通過して揚土門に向かった相馬兵一千の内、戻ってこれたのは半数足らずであった。それに加えて、隆胤救援に投入された将兵の中からも、二百人余りの戦死者が出ていた。

(宗顕奴、いつの間にこれほどの鉄砲を……。わしが迂闊うかつであった)

義胤は己の迂闊さを責めた。もっと城内の様子を探っておくべきだったと後悔した。

ひと月ほど前に、相馬派と目される家臣達がことごとく城から追い出されるという事件が起こった時、義胤は大して気にも留めなかった。宗顕らの焦りによるものだろうと、軽く考えた。しかし、その日以来三春城内で何が起こっているのか、一切情報が伝わらなくなっていたのだ。叔母の於北の方との連絡も、於北の方がその日以降田村側の厳しい監視下に置かれたため、密事の連絡などは一切不可能になっていた。

(わしの負けだ。わしが油断したばかりに……済まぬ隆胤! 済まぬ!)

義胤は三春城を見ながら隆胤に詫びた。

 義胤は大急ぎで負傷兵をまとめると、その日のうちに相馬領目指して撤退した。


「こ奴が隆胤か?」

宗顕は、目の前の生首を指して顕徳にたずねた。

「はい。相馬勢の副将にして義胤の弟、隆胤の首に相違ございませぬ」

「ふむ。中々の面構えよ。これが義胤の首でなかったのが残念じゃ」

宗顕が無念そうに唇をかんだ。宗顕の目の前には、地上三尺の高さに設けられた横長の台があり、その上に相馬方の主だった大将首がズラリと並んでいた。

「その隣が江井胤治。義胤の側近と聞き及びまする。次なる首は……」

顕徳は次々と、打ち取った武将の首の名を上げた。

 この日の攻防戦で、相馬勢は七百人を超える戦死者を出したが、その中には隆胤を始めとして、数多くの側近、譜代家臣らが含まれていた。義胤にとって、数字以上に手ひどい敗北だったのである。

(これで、義胤は当分動けまい。これほどの痛手をこうむれば、立て直しにも時がかかろうというもの。兄上にも喜んでいただける)

宗顕は己の初陣を勝利で飾れた喜びと、兄政宗の力になれた嬉しさで胸がいっぱいになった。宗顕は夕焼けに染まる空を見上げて、大きく息を吸い込んだ。そして、更なる飛躍を己に誓った。今日が、武将宗顕の旅立ちの日であった。

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