第26話 風雲三春城(1)
六月十日、三春城。日が昇り切った朝、城内の一郭で銃声が鳴り響いた。銃声は少しの間を置きながら尚も続いた。やがて誰かが叫んだ。
「お見事! 殿、お見事でございます」
若侍が片膝を着いて嬉しそうに声を張り上げた。十発目の弾丸も、十五間(二十七メートル)先の杉板の的を正確に打ち抜いていた。
殿と呼ばれた男は静かに銃を下ろし、少し頬を紅潮させながらニコッと微笑んだ。その横顔はどことなく政宗を
「十発すべて命中とは、我ながら上出来じゃ。それにしても、良い鉄砲だ。扱い易い上に
宗顕は感心したように言って、手にしていた銃を
「その方らも始めよ。良いか、実戦と思うて気を集中して的を狙え。よいな!」
宗顕はその場にいる三十人余りの家来に向かって、
三十人余りの家来のうち、二十人は政宗の命により米沢から宗顕に随行してきた家来達であった。残りの十人余りは、田村家中の親伊達派の家臣の子弟たちで、宗顕が直々に対面して登用を決めた若者達であった。これらの家来たちは、実家においては皆、次男、三男以下の立場であり、家督を継げる可能性は低かった。それだけに、新しい主君のもとで己の展望を開かんと皆懸命であった。
その日の午後、宗顕は三春城本丸の館内で、二人の側近と共に重要な知らせを耳にした。知らせをもたらしたのは田村家重臣橋本
「やはり、片倉殿のお話は真のようです。すでに相馬の軍勢は小高城を出て国境に向かっております。わが手の者の知らせによれば、小高城下では今、出陣の狙いは三春城の占拠にあるという専らの噂とか」
顕徳は自ら放った密偵からの知らせを報告し、ひと月前に片倉小十郎から受けた忠告が、どうやら現実になりそうだと告げた。報告を受けている宗顕や側近らの表情に驚いた様子はない。皆一様に来るべきものが来たかといった顔つきであった。
ひと月前の小手森城攻撃には田村勢も加わっていたが、その時、陣代として田村勢を率いていたのが顕徳であった。その顕徳が、旧知の仲である小十郎に一言挨拶するため、その陣中を訪れた折のことである。小十郎が相馬義胤の三春城入城工作を予見し、それに備えるよう顕徳に耳打ちしたのである。佐竹芦名連合軍が動けば、義胤はそれに呼応して、必ずや三春城の占拠に動くに違いないと小十郎は言った。顕徳は大森城での会見以来、小十郎に深い信頼を寄せていたので、この忠告を胸に刻んだ。そして、小手森城陥落後すぐにこのことを宗顕にも知らせていた。その後、小十郎の取り計らいで政宗から急ぎ鉄砲五百挺を入手し、義胤軍の襲来に備えていたのである。本丸館前での射撃訓練もその一環であったのだ。
宗顕が
「やはり、のう。小十郎の忠告に
宗顕は米沢城で見かけた小十郎の顔を思い浮かべ、改めてその洞察力に舌を巻いた。
「まこと、片倉殿の
顕徳は今の正直な気持ちをそのまま言葉に表した。
「うむ。そなたの申す通りじゃ。小十郎の忠告、無駄にしてはなるまいぞ」
宗顕の表情が厳しくなった。ここから先が勝負だと宗顕は思った。宗顕は城内での将兵らの配置を確かめ、その指揮を顕徳に任せた。
「おそらく、明日には義胤軍が三春に入るものと思われますが、我らもすでに備えができております。そう
顕徳は自信のあるまなざしでキッパリと言った。
相馬勢は鉄砲足軽百五十を含めて総勢五千と報告された。対して、迎え撃つ田村勢は三千であった。数の上では田村勢は不利であったが、宗顕には勝算があった。鉄砲である。今や鉄砲の数が、時として戦の勝敗を左右することを宗顕もわかっていた。田村勢の鉄砲は、ひと月前に入手した五百挺を加えると都合六百挺。実に、相馬勢の四倍であった。自ら鉄砲を撃ち、身をもってその威力を知る宗顕にとって、四倍の差は心強かった。それに、連日の実射訓練によって、鉄砲組兵士、とりわけ射手の技量、命中精度がメキメキと上達していた。この分なら勝てる、と宗顕は思った。思った瞬間胸が高鳴り、兄政宗の顔が頭をよぎった。
(兄上の力になれるかも知れぬ!)
嬉しさが込み上げてきた。是が非でもそうしなければと思った。宗顕は兄政宗の恩義に報いる絶好の機会が訪れたと喜んだ。
政宗と宗顕は、幼いころから伊達家の家督をめぐって対立を続けてきた間柄である。それだけに、政宗にとっては家督を継いだ後も、弟小次郎の存在は何かと目障りであったに違いない。当時の時代背景を考えれば、政宗が小次郎を亡き者にしようと考えたとしても不思議ではない。輝宗死去後、伊達家を掌握した政宗にとって、それぐらいのことは容易にできたはずであった。しかし、政宗はそうしなかった。それどころか、弟小次郎のために田村家への養子入りを画策し、見事に実現させたのである。そのことによって、宗顕は米沢という居心地の悪い場所から解放され、田村領という確固たる居場所を得たのだった。いつか兄の成敗を受けるかもしれないと、不安を抱えながら日々過ごしていた宗顕にとって、それは驚くべき出来事であった。そして、政宗は米沢を離れる前に
「殿! 義胤奴に一泡吹かせてやりましょうぞ」
側近の荒井景嵩が不敵な笑みを浮かべていった。顔付はすでに戦闘態勢に入っていた。
「殿! 我らお側に仕える衆も、鉄砲の腕はずいぶんと上達しました。いつでも殿のお役に立てまする」
もう一人の側近、山部盛親も近習の者たちの意気込みを伝えた。と、その時だった。さざ波のような小さな震えが宗顕の全身を駆け巡った。ほんの一瞬の出来事であったが、宗顕は体の中心が熱くなるのを感じた。
(これが、武者震いというものか?)
宗顕は唇をギュッと結び、前方を睨んだ。顕徳も二人の側近も、この小さな異変に気付いている様子はなかった。宗顕はこの時、生まれて初めて
(
と思った。宗顕はこの時十八歳。未だ初陣の経験はなかったのだ。しかし、宗顕は自分にも遂にその時が訪れたのだと確信した。明日は初陣を飾り、武将としての第一歩を踏み出す。宗顕の胸中に闘争心が野火のように広がり始めていた。
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