第17話 政宗、大崎家内紛に付け入る

 片倉小十郎が伊達政宗の書状をたずさえて氏家吉継うじいえよしつぐ(岩手沢城主)の元を訪れたのは、十一月も終わりに近い頃であった。僅かばかりの供回りを連れた隠密行おんみつこうである。小十郎は事前に吉継に使者を送り、会見の同意を取り付けていた。

 会見は岩手沢城本丸の館で行われた。室内には小十郎と吉継の二人の姿が有るだけだった。張り詰めた空気があたりを支配している。吉継は還暦過ぎの老人であったが、眼には力が有り、かくしゃくとしていた。小十郎は型通り挨拶をかわすと、早速政宗の意向を伝え、書状を手渡した。吉継は受け取った書状をその場で開き、しばし無言で一気に読み終えた。

 文面には次のような内容が書かれているはずであった。

一、此度こたびの大崎氏家中かちゅうの内紛は家臣新井田刑部の理不尽な振る舞いが原因である。

一、しかしながら、家臣同士の争いを治めることが出来ない当主義隆の責任も重大である。

一、刑部は二枚舌を使って政宗をあざむいたので、もはや信用できない。

一、氏家吉継の考え次第では氏家一党に加勢しても良い。

一、小十郎は自分の名代であるから、何事もよくよく相談してほしい。

読み終えて書面をたたむ吉継の頬にはほんのり赤みがさしていた。

「真に、お恥ずかしい限り。穴があったら入りたい心持ちにござる」

吉継は家中の醜い争いを恥じている様子だった。そして、悔しそうに言葉を続けた。

「我らは今、あるじに弓引く謀反人むほんにんのごとき扱いを受けているが、とんでもない事でござる。元々謀反をたくらんだのは刑部の方。それを我らに気付かれた為、殿を新井田まで連れ去って城に監禁するに至ったもの。ところが、今ではどうじゃ? 殿までが刑部と一緒になってこのわしを討とうとしているではないか!」

吉継は憤懣やるかたない風情であった。

「私の耳にも様々な話が入って来ます。どうも、御当主の義隆殿と刑部が元のさやに収まったという話は本当らしゅうございますな。新井田では誰一人そのことを知らぬ者はいないとか……」

小十郎は吉継の怒りの炎に注意深く油を注いだ。

「もう、そのようなことまで……。さすがは、片倉殿でござる。いかにも、おおせの通り。全くたわけた話。殿の衆道好きにも困ったものです」

吉継は半ば呆れ顔で言った。

「そうだとすれば、もはや義隆殿と刑部は一心同体。今後の形勢は主君義隆殿を擁する刑部一派に益々有利となりましょう。容易ならざる事態と相成りまする」

小十郎は不安をあおった。

「無論、心得ております。しかし、我らは決して屈しませぬ。いざとなれば、この地で刑部一派を迎え討ち、必ずや反逆者の汚名を晴らす覚悟。刑部奴の首を挙げまする」

吉継は語気鋭く言い放った。

「成るほど。氏家殿のお覚悟のほど、しかとうけたまわり申した。又、主君義隆殿への忠義も変わらぬものと推察つかまつります」

小十郎が吉継の義隆への変わらぬ忠義という箇所に触れたその時だった。吉継は不快そうに眉をひそめた。

「片倉殿、私は貴殿がうらやましい。私も政宗殿のようなお方にお仕えしたかった。我が主君義隆様は衆道しゅうどう狂いの凡庸な主にて、家臣の扱いもままならぬ有様。このままでは、いづれ国を滅ぼすは必定かと……。もはや愛想が尽き申した」

吉継は吐き捨てるように言った。当主義隆に対するあからさまな批判である。小十郎は吉継が本音を吐いたと思った。そして、政宗直筆の書状がと思った。政宗は書状の中で、何時でも吉継の味方をすると告げているのである。政宗のこの一言が吉継の心を動かしたことは間違いなかった。

「なに! 真でござるか? 氏家殿! 私の空耳そらみみではござるまいな? 愛想が尽き申した、と聞こえましたが……」

吉継の当主義隆への決別の意思は明らかだったが、小十郎は尚も素知らぬふりをして聞いてみた。

「なんの、真でござるよ。我が主に刑部らの謀反をいち早く知らせ、用心するように伝えたのはこの吉継にござる。それなのに易々と刑部らの本拠地に連れ去られ、おどかされるままにこのわしを討とうとする。近頃に至っては、有ろうことかその謀反人と復縁し、またしても衆道にうつつを抜かしているとのこと。何たる無定見! 無節操! 呆れてものが言えぬわ! この吉継、ほとほと愛想が尽きましてござる」

吉継は溜まりたまったうっ憤を晴らすかのように、一気にまくし立てた。

「お怒りはごもっともです。氏家殿。我が主も書状の通り、刑部のみならず当主大崎義隆様にも大層ご不満を持っておられます。それ故、貴殿の御覚悟次第ではご加勢することにやぶさかでは有りませぬ」

小十郎はここぞとばかりに吉継を己が手元に手繰り寄せた。

「片倉殿! 是非、伊達殿にお伝え願いたい。もしこの吉継にお力を貸していただければ、必ず刑部らを討ち取って大崎五郡に平穏を取り戻し、そののちは全て伊達殿の下知に従う覚悟であると」

吉継は意を決したように切り出した。乱を平定後は政宗に臣従するとの申し出であ

る。小十郎は内心快哉かいさいを叫んだ。これで、今日の訪問の目的が叶ったと思った。

「よくぞ申してくれた! 氏家殿! 貴殿の御覚悟、我が主にしかと伝えまする」

小十郎は意気込んだ。これで、政宗が大崎氏の内紛に介入する大義名分が得られたのだ。政宗の意図は明白だった。大崎五郡、ざっと十五万石の穀倉地帯を伊達の版図に加える事である。今日はその第一歩が印された日だった。


 小十郎は吉継との会談を終え、昼過ぎには岩手沢城を後にした。まっすぐ米沢へと向かった。早く政宗に報告したかった。

(これで、政宗様は年明け早々陣触れを出すはずだ)

小十郎は政宗の期待を裏切ることなく任務を果たせたことが、嬉しくてならなかった。誇らしい気持ちだった。しかし同時に、この大崎出兵が元で政宗が窮地に追い込まれることを知っていたので、喜んでばかりはいられなかった。不安も頭をよぎった。

 

 政宗は大崎氏の内紛に介入して大敗するのである。出羽の最上義光もがみよしあきの攻撃も同時に受け、防戦一方になる。そして、この様子を見た芦名氏が今が攻め時とばかりに、南から伊達領に侵攻を開始する。更には東の強敵相馬氏までが伊達領を犯し始めるのである。要するに政宗はこの時、北と南、そして東の三方から敵の攻撃をを同時に受けることになるのである。政宗の運命は風前の灯火ともしびとなるのであった。

 無論、小十郎はこれらのことを知っていたし、政宗が無事危機を脱することも分かってはいた。しかし、それでも気になるのだった。ほんのわずかな手違いで、今度は本当に政宗が命を落とすのではないかと心配になるのである。常に一抹の不安が付きまとうのだった。

 何しろこの日本は、かつて小十郎が青山耕平として生きていた日本とは全く異なる日本なのだ。奥羽地域の歴史だけが周りから十年ずれたまま進行している。奥羽では人々の生死も出来事も、全てがほぼ十年早く起きていた。驚く他はない世界なのである。小十郎は、このような異常な世界であってみれば、いつ何が起こっても不思議はないと常に身構えていた。その為、政宗が危機に陥りそうな出来事が近づくと、つい不安に駆られるのである。歴史の歯車がある日突然狂い始めたりしないようにと、祈る他なかった。

 

 小十郎はふっと空を見上げた。どんより曇った冬空に分厚い雪雲が広がっていた。

(これは、本降りになるな……少し急がねばなるまい)

小十郎は後ろを振り返って、馬上の二人の家来、佐久間忠直と岡和田昌高に呼びかけた。

「日が落ちる前に大崎領を抜けるぞ。付いてまいれ!」

小十郎は言うが早いかピシッと馬に鞭を入れ、飛び出した。二人の家来も右に倣った。







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