第17話 政宗、大崎家内紛に付け入る
片倉小十郎が伊達政宗の書状を
会見は岩手沢城本丸の館で行われた。室内には小十郎と吉継の二人の姿が有るだけだった。張り詰めた空気が
文面には次のような内容が書かれているはずであった。
一、
一、しかしながら、家臣同士の争いを治めることが出来ない当主義隆の責任も重大である。
一、刑部は二枚舌を使って政宗を
一、氏家吉継の考え次第では氏家一党に加勢しても良い。
一、小十郎は自分の名代であるから、何事もよくよく相談してほしい。
読み終えて書面をたたむ吉継の頬にはほんのり赤みがさしていた。
「真に、お恥ずかしい限り。穴があったら入りたい心持ちにござる」
吉継は家中の醜い争いを恥じている様子だった。そして、悔しそうに言葉を続けた。
「我らは今、
吉継は憤懣やるかたない風情であった。
「私の耳にも様々な話が入って来ます。どうも、御当主の義隆殿と刑部が元の
小十郎は吉継の怒りの炎に注意深く油を注いだ。
「もう、そのようなことまで……。さすがは、片倉殿でござる。いかにも、
吉継は半ば呆れ顔で言った。
「そうだとすれば、もはや義隆殿と刑部は一心同体。今後の形勢は主君義隆殿を擁する刑部一派に益々有利となりましょう。容易ならざる事態と相成りまする」
小十郎は不安を
「無論、心得ております。しかし、我らは決して屈しませぬ。いざとなれば、この地で刑部一派を迎え討ち、必ずや反逆者の汚名を晴らす覚悟。刑部奴の首を挙げまする」
吉継は語気鋭く言い放った。
「成るほど。氏家殿のお覚悟のほど、しかと
小十郎が吉継の義隆への変わらぬ忠義という箇所に触れたその時だった。吉継は不快そうに眉をひそめた。
「片倉殿、私は貴殿がうらやましい。私も政宗殿のようなお方にお仕えしたかった。我が主君義隆様は
吉継は吐き捨てるように言った。当主義隆に対するあからさまな批判である。小十郎は吉継が本音を吐いたと思った。そして、政宗直筆の書状が効いていると思った。政宗は書状の中で、何時でも吉継の味方をすると告げているのである。政宗のこの一言が吉継の心を動かしたことは間違いなかった。
「なに! 真でござるか? 氏家殿! 私の
吉継の当主義隆への決別の意思は明らかだったが、小十郎は尚も素知らぬふりをして聞いてみた。
「なんの、真でござるよ。我が主に刑部らの謀反をいち早く知らせ、用心するように伝えたのはこの吉継にござる。それなのに易々と刑部らの本拠地に連れ去られ、
吉継は溜まりたまったうっ憤を晴らすかのように、一気にまくし立てた。
「お怒りはごもっともです。氏家殿。我が主も書状の通り、刑部のみならず当主大崎義隆様にも大層ご不満を持っておられます。それ故、貴殿の御覚悟次第ではご加勢することに
小十郎はここぞとばかりに吉継を己が手元に手繰り寄せた。
「片倉殿! 是非、伊達殿にお伝え願いたい。もしこの吉継にお力を貸していただければ、必ず刑部らを討ち取って大崎五郡に平穏を取り戻し、その
吉継は意を決したように切り出した。乱を平定後は政宗に臣従するとの申し出であ
る。小十郎は内心
「よくぞ申してくれた! 氏家殿! 貴殿の御覚悟、我が主に
小十郎は意気込んだ。これで、政宗が大崎氏の内紛に介入する大義名分が得られたのだ。政宗の意図は明白だった。大崎五郡、ざっと十五万石の穀倉地帯を伊達の版図に加える事である。今日はその第一歩が印された日だった。
小十郎は吉継との会談を終え、昼過ぎには岩手沢城を後にした。まっすぐ米沢へと向かった。早く政宗に報告したかった。
(これで、政宗様は年明け早々陣触れを出すはずだ)
小十郎は政宗の期待を裏切ることなく任務を果たせたことが、嬉しくてならなかった。誇らしい気持ちだった。しかし同時に、この大崎出兵が元で政宗が窮地に追い込まれることを知っていたので、喜んでばかりはいられなかった。不安も頭をよぎった。
政宗は大崎氏の内紛に介入して大敗するのである。出羽の
無論、小十郎はこれらのことを知っていたし、政宗が無事危機を脱することも分かってはいた。しかし、それでも気になるのだった。ほんのわずかな手違いで、今度は本当に政宗が命を落とすのではないかと心配になるのである。常に一抹の不安が付きまとうのだった。
何しろこの日本は、かつて小十郎が青山耕平として生きていた日本とは全く異なる日本なのだ。奥羽地域の歴史だけが周りから十年ずれたまま進行している。奥羽では人々の生死も出来事も、全てがほぼ十年早く起きていた。驚く他はない世界なのである。小十郎は、このような異常な世界であってみれば、いつ何が起こっても不思議はないと常に身構えていた。その為、政宗が危機に陥りそうな出来事が近づくと、つい不安に駆られるのである。歴史の歯車がある日突然狂い始めたりしないようにと、祈る他なかった。
小十郎はふっと空を見上げた。どんより曇った冬空に分厚い雪雲が広がっていた。
(これは、本降りになるな……少し急がねばなるまい)
小十郎は後ろを振り返って、馬上の二人の家来、佐久間忠直と岡和田昌高に呼びかけた。
「日が落ちる前に大崎領を抜けるぞ。付いてまいれ!」
小十郎は言うが早いかピシッと馬に鞭を入れ、飛び出した。二人の家来も右に倣った。
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