第16話 忍び集団黒脛巾組
天正五年(1577年)十一月、政宗は米沢城内の館で二人の男から報告を受けていた。一人は安部対馬守安定(
「――主君である大崎義隆の
安部対馬守は、
「ふ―む。それで、井場野は
政宗が言った。
「左様にございます。新井田刑部は大崎家の重臣の家柄にて、権勢を誇りますれば、井場野は我が身不利と見て氏家吉継に助けを求めたものと思われます」
安部対馬守が答えた。
氏家家は、大崎家に於いて代々執事を務めてきた筆頭家老の家柄であった。実力は大崎氏家中随一である。井場野にしてみれば、己の命を守るためには氏家吉継に頼る以外に道はなかったのである。他方、氏家吉継は主君の寵愛を
それ以来今日まで、政宗は新井田刑部からの色よい知らせを待ち続けていたのだが、一向にその気配がなかった。氏家吉継を討ち、当主大崎義隆に腹を切らせた後は政宗に臣従するとの約束であった。その約束が守られていなかった。それどころか、新井田刑部は腹を切らせるはずの大崎義隆を
「それにしても、刑部の
政宗は
「吉継がいち早く刑部の
対馬守が新井田城軟禁の経緯を詳しく話した。
「一つ解せぬのは、
政宗は如何にも
「さ―。そこでございます。私も初めは刑部が当主義隆を利用するだけ利用した後で、殺しにかかるものと思うておりましたが、これが、さにあらず。あきれ果てたる仕儀となっておりまする」
対馬守の表情に心なしか戸惑いの色が浮かんでいた。
「ふむ。委細を申して見よ」
政宗は片手で
「はっ。ここから先は左近の報告をお聞き下されませ。こ奴が一部始終を見てきておりますほどに」
対馬守は左近に向かって、有りのままを殿に報告せよと命じた。
気仙沼左近は歳の頃三十がらみの実直そうな男で、行商人のいでたちが良く似合っていた。左近は新井田城に忍び込んだ時の様子を話し始めた。
「新井田城は城というよりは館と言ったほうが似合っております。周りを低い土塁で囲んだだけの、守りの手薄な館でございました。私はあたりが暗くなるのを待って館に忍び込み、刑部の寝所近くの屋根裏に潜んだのでございます。天井板をほんの少しずらすだけで、その隙間から部屋の様子がよく見えました……」
左近の低くよく通る声で語られた報告内容は驚くべきものだった。夜もだいぶ更けた頃、刑部に手を引かれて寝所に現れたのが、なんと大崎義隆だったとのこと。二人は仲睦まじく
「なんと、よりを戻しおったか!」
政宗は驚きの声を挙げた。
「そのようでございます」
浮かぬ顔で対馬守が答えた。
(う―む。これではいくら待てども色よい知らせなど来るわけがないわ。刑部の奴め、わしとの約束を
政宗の表情に一瞬いら立ちの色が浮かんだ。そして、ふっと思い出したように
「氏家吉継はどうじゃ? 今どうなっておる?」
「はい。今では当主義隆を擁する刑部一派に家臣の大半が従っておりますれば、氏家一派は数の上で劣勢となっておりまする。しかし、まだ決定的な差とまではなっておりませぬゆえ、刑部一派も攻めあぐねているところかと推察
「なかなかの人物と聞いたが、真か?」
「はっ、気骨のある御仁との御城下での風評にございます。己が正しいと思えば主家にも楯突くとか……。今は刑部の策略であべこべに当主に弓引く謀反人のごとき立場に立たされておりますが、もともと氏家吉継には当主である義隆に敵対する気など更々なきものと聞いております」
「ふ―む。成るほどのう」
政宗は何やら思案顔で遠くを見た。
(どうやら、乗り換えたほうがよさそうだが……。一度確かめて見ねばなるまい)
政宗の思案の先には、既に片倉小十郎の顔がはっきりと浮かんでいたのだった。
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