第15話 政宗、鮎貝宗信を討つ

 天正五年(1577年)のこの年、政宗は戦らしい戦もないまま穏やかな秋を迎えていた。前年の二本松城戦から数えれば、一年以上も戦のない日々が続いていることになる。政宗とその麾下きかの将兵達にとっては絶好の骨休みだった。季節は秋である。米沢城下の木々の葉が鮮やかに色付いていた。そんな秋たけなわのある日、つかの間の安穏あんのんをあざ笑うかのようにきな臭い事件が勃発ぼっぱつする。


 十月初頭、政宗の元を鮎貝宗重あゆかいむねしげの使者が訪れた。密書をたずさえていた。政宗はその場で密書を一読した。

「う―む」

政宗は低くうなった。書面は容易ならざる事態を告げていたのである。内容はおおむね次のようなものであった。

「当主宗信が最上義光もがみよしあきと通じて謀反むほんくわだてております。私は考え直すよう必死に説得しましたが、宗信は一切聞く耳を持たぬ有様です。今や私をのけ者にしたうえで、鮎貝城に兵を集めております。この上は是非もない事です。どうか、早急に宗信を討伐してください」

宗重は政宗に出兵を要請していた。


 鮎貝氏は伊達領置賜郡おきたまぐんの北部一帯七郷を領する国人こくじん(在地領主)であったが、近年家中では親子の間でいさかいが絶えず、不和が続いていたのだ。遂にその対立が頂点に達したのであろう。あくまで伊達家に忠誠を尽くそうとする父親の宗重に対して、長男で当主の宗信は最上義光に鮎貝家と己の前途を託したのだった。

 政宗は直ちに決断した。

「相分かった。この政宗、必ずや謀反人を誅罰してくれよう。帰って主に伝えるがよい。近いうちに政宗自ら出陣し、宗信を討つであろうとな」

使者の男は政宗の返答を聞くとすぐさまその場を退出した。


 政宗にとって、此度こたびの鮎貝宗信の反乱はむしろ〈渡りに船〉であった。半独立状態にある今の鮎貝領をまごう事無き伊達領に変える好機ととらえたからである。

 鮎貝氏の領地は最上領と国境を接する置賜郡北部一帯である。政宗はかねてより、最上領と国境を接するこの地域を完全に伊達領にできないものかと考えていた。後顧こうこうれいを無くすためである。今のままでは、将来伊達が南方に進出した時に、背後の北方から最上勢に攻められて挟み撃ちにう危険性が有った。最上義光は油断ならぬ相手だけに、政宗は国境の守りを自らの陣営で固めたかったのである。それ故、政宗は今回図らずも鮎貝領出兵の大義名分を得たことを内心喜んだ。願ってもない好機が向こうから転がり込んできたという思いだった。そして、今なら最上義光の介入も援軍の派遣もないと踏んでいた。何故なら、最上義光は先月から出羽庄内地域に侵攻を開始し、庄内の大宝寺義興たいほうじよしおきと激しく交戦中であったからである。


 十月十四日、政宗は自ら五千の兵を率いて鮎貝城を囲み、一千丁の鉄砲を放って、その日のうちに城を陥落かんらくさせた。その際、鮎貝側の兵五十人余を討ち取った。鮎貝宗信は最上領へと逃げ去った。かくして鮎貝宗信の反乱はあっけなく鎮圧されたが、政宗の予想通り、最上義光からの援軍は一切なかった。

 反乱を鎮めた政宗は宗重の忠義を謝して、伊達領柴田郡内に旧領に匹敵する規模の土地を新たな領地として与えた。又、次男の七郎宗益を鮎貝家の新当主に指名した。こうして、政宗にとっての天正五年(1577年)における最初で最後の戦が終わったのであった。


 鮎貝宗信討伐からほぼ一月ひとつき後の十一月半ば、片倉小十郎は大森城(現在、福島市大森)に居た。大森城の空には朝から小雪が舞い散っていた。本格的な冬の到来を告げるものであった。小十郎は母屋から空を眺めながら内心で政宗に語り掛けた。

(殿! 鮎貝宗信の一件はお見事でした。私は殿がいよいよ大将の風格を備えてきたように思えてなりません)

小十郎は、乱の発端ほったんから終結までの政宗の行動を見ていてそう思ったのだった。  

 先月、小十郎は政宗の下知に従い、他の諸将と共に鮎貝城攻めに加わっていた。政宗の采配は諸事万端しょじばんたん抜かりがなかった。例えばこうである。隣国最上義光の介入がないと知るや、疾風のごとく侵攻して短時間で城を落とすその迅速じんそくさ。又、首謀者が忠義者の宗重の長男であることを考慮して、殺さずに最上領に逃がしてやるという計らい。更に、戦後いくさごの処置として、鮎貝宗重に十分な新領地を与えてその忠義に報いている。全て、大将として的確な判断、采配であった。政宗のゆるぎない自信が伝わってきた。小十郎はそこに大将としての風格のようなものを感じ取ったのだった。

(殿! 来年こそは正念場ですぞ。気張って下され! この小十郎、どこまでも供を仕ります!)

小十郎は来年がどんな年になるのかを知っていた。伊達家の存亡をかけた戦いが、年明け早々から始まるはずであった。そして、その先に薄氷を踏むような苦しい戦いが待っていることも分かっていた。しかし、戦国武将として一段の成長を遂げた政宗を見た今、小十郎には大きな不安はなかった。


(この分では、少し積もるやも知れぬな? )

小十郎は幾分強まった雪を見ながらそう思った。熱い茶が欲しくなった。小十郎は部屋に戻ることにした。

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