第23話 保春院、政宗の窮地を救う
政宗の母保春院(義姫)が出羽山形城に兄
大崎家中の内紛はすでに政宗によって鎮圧され、大崎家当主大崎義隆は伊達の軍門に
保春院は大崎
山形城本丸御殿の奥座敷で、保春院は兄最上義光と対面した。以前に会ったのは夫の輝宗が家督を政宗に譲った直後の頃であったから、ほぼ四年ぶりであった。二人の兄妹仲はすこぶる良好で、日頃から手紙のやり取りで近況を伝え合い、たまに会えば親しい友人同士のように会話が
「兄上、どうか兵をお引き下さい。このままでは、取り返しのつかぬ事になりまする」
「何? 取り返しのつかぬ事にだと? たわけたことを……いったい取り返しのつかぬ事ををしたのはどっちだ? 政宗の方ではないか!」
先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わり、義光は
「
大崎氏は、南北朝時代の奥州管領
「どうあっても兵を引かぬと申されますか。ならば、兄上は最上と伊達、いずれかが滅びるまで戦を続けるお積りなのですか? なんと、愚かな」
保春院の口調も鋭くなってきた。保春院にとって最上は実家であり、伊達は
「今、田村領内では石川弾正が謀反を起こし、それに合わせて相馬が怪しい動きを始めているとか。又、芦名勢もいずれ態勢を立て直して再び出陣して来るであろうとのこと。それ故、政宗は兵を南に動かしたがっております。ところが、兄上が兵を引かぬ為、政宗は軍勢を移動出来ませぬ。兄上! ここは両家の為に和議を結ぶことが何より肝要と心得まする」
保春院は臆することなくキッパリと言った。
「ならぬ! 和議などもっての外じゃ。此度は政宗を追いつめる良い機会よ。そう遠くない内に佐竹と芦名の連合軍が伊達領に攻め込むであろう。その時が勝負じゃ。のう、義よ。そなたには悪いが、これ以上政宗の好きにさせておくわけにはいかぬのだ。分かってくれ」
義光は幾度も
義光は子供の頃から妹義姫を可愛がり、長じてからもその愛情は変わることがなかった。
「昨今の政宗の振る舞いは目に余る。これは、わしだけの見方ではないぞ。仙道諸国の大名らも皆同じ考えじゃ。このまま放っておけば、奴め、どこまで増長するか知れたものではないわ。現に、南奥羽を平らげると息巻いているそうではないか」
義光の眼の底には政宗へのあからさまな対抗心が渦巻いていた。政宗は南下政策を取る一方で、北方に於いても着々と己の支配領域を拡大させていた。大崎領を
「私にとって、我が子政宗も兄上も掛け替えのない宝にございます。どちらも失いとうはございません。それ故今日まで、私なりに精一杯努めてまいりました。兄上! 兄上は十年前のあの時の事をもうお忘れですか?」
保春院の眼にはうっすらと涙が
「十年前? お―、おっ。覚えておるわい。忘れるものか。上山満兼との戦の折であったわ。あの時は、そなたにも苦労を掛けてしまった。義のお陰で命拾いをしたようなものじゃ。終生忘れぬぞ」
義光も十年前の
「嬉しゅうございます。あの時、私は
保春院は一瞬遠くを見るような表情を見せたが、直ぐに義光を見つめて言った。
「兄上! どうか私を、哀れな妹を助けると思って兵を引いては頂けませぬか? 今の政宗は十年前の兄上と同じ立場なのです。この通り、伏してお願い申し上げまする」
保春院は両手を付き、額が床に付かんばかりにひれ伏した。義光の
(十年前、わしの危難を救う為に、こうして輝宗に頭を下げたのであろう。今度は、政宗の為と申すか?)
義光は、十年前の戦で伊達勢が一斉に引き揚げた時の安ど感を思い出していた。あの時、義姫の働きがなかったらどうなっていたであろうか。自分は義姫の働きに十分報いただろうか。様々な思いが瞬時に義光の脳裏を駆け抜けた。義光の決断は早かった。
「相分かった! もう良い。顔を上げよ。兵は引き揚げる」
義光は決然と保春院に告げた。
「えっ、それは真ですか? 兄上!」
保春院は驚いて顔を上げた。
「真じゃ。そなたの申す通り、伊達とは和議と致そう。義、そなたも、いつまでも峠に居座るのは止めにせい」
義光は、女人の身で
「はい、兄上。そのお言葉さえ頂ければ、私は喜んで山を下りましょう。此度の兄上のお計らい、この義、一生忘れませぬ」
保春院は再び深々と頭を下げた。最上と伊達の和睦が成立した瞬間であった。
数日後、最上勢は
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