第20話 大崎合戦(3)

 小十郎率いる伊達勢が桑折こおり城(現在、宮城県大崎市三本木桑折)を取り囲んだのは、うまの刻(十二時)に差し掛かる頃であった。案の定、守備兵はごく僅かであった。小十郎は直ちに攻撃を命じた。ほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに城は落ちた。長居は無用だった。小十郎は城に火を放ち、すぐさま中新田城へと向かった。


 その頃中新田城(現在、宮城県加美郡加美町中新田)では、攻めあぐねた泉田重光の伊達軍が、立てこもる大崎軍とにらみ合いを続けていた。

 伊達軍の兵は早朝からの強行日程で明らかに疲れていた。最初の猛攻で二の丸、三の丸までは落としたが、本丸だけはどうしても落とせない。遮二無二しゃにむに力攻めをしてみたが、鉄砲の一斉射撃を浴びて、損害が増すばかりであった。他方、大崎軍は城代の南条隆信を中心に結束を固め、戦闘意欲も極めて高かった。それもそのはず、この時すでに城を守る大崎軍と桑折城の黒川晴氏との間には、伊達軍を挟み撃ちにする作戦が合意されていたのである。そうとは知らぬ泉田重光は配下の武将らに告げた。

「半刻(一時間)後に総攻めを開始する! 今度こそは必ず攻め落としてくれようぞ!」

 この直後、泉田重光を不運が襲う。昼前から舞い散っていた小雪が見る見るうちに大雪に変わったのである。五、六間(11メートル)先が見えなくなる迄、さほどの時間は掛からなかった。更に、大雪以上に兵士を悩ませたのが急激な気温の低下であった。零度近くまで下がった気温の為に、兵士らはブルブルと震えだした。下手をすれば凍死者が出かねない程の寒さになったのである。当然、将兵らの動きはにぶった。戦闘意欲も著しく低下せざるを得なかった。重光やその参謀らもしばらく空模様を眺めるしかなかった。しかし、雪はますます激しくなるばかりであった。このままでは四千の将兵が雪に埋もれてしまうと誰もが思った。さしも強気の重光も遂に決断した。

「兵を引け―いっ! 全軍、引くのじゃ! これより、一旦新沼城に引き揚げる! 急げ!」


 突然伊達勢の動きがあわただしくなった。明らかに撤退の準備であった。またたく間にいくつかの集団が形成され、準備が整ったと思われる集団から次々に撤退が始まった。

 この様子を中新田城本丸の見張り台からじっと見ている武将がいた。南條孝信である。中新田城の守将として伊達軍の猛攻をしのぎ、反攻の機会をうかがっていたのだった。隆信は折からの大雪と寒さを千載一遇の機会と捉えた。敵は大雪と寒さで動きが鈍くなっている。そこを急襲すれば、大きな打撃を与えることが出来る。それに、と思った。

(黒川殿が既にこちらに向かっているはずだ。我らが城から打って出るには良い頃合いだ。重光奴、一泡吹かせてやるぞ!)

それから程なく、隆信は二千の城兵を従えて出撃した。


 同じ頃、留守政景の部隊は師山もろやま城(現在、宮城県大崎市古川師山)攻略をあきらめて、泉田重光の軍勢と合流すべく、降りしきる雪の中を中新田城へと向かっていた。その背後に、古川弾正忠隆らに率いられた師山城兵千五百余が迫っていた。堅い守りで伊達軍の攻撃をしのいだ古川弾正らは、囲みを解いて撤退する伊達勢の後を追ってきたのである。このまま無事に返してなるものかの気迫が将兵ら全員にみなぎっていた。

 師山城から一里ほど過ぎたあたりで伊達勢に追いつくと、勇猛果敢に攻撃に出た。五十騎ほどの騎馬武者を先頭に、一丸となって伊達勢に突っ込んだ。伊達軍の隊列後方から怒声と悲鳴が上がった。不意を突かれた伊達兵が次々に討たれた。

「うろたえるな! 敵は少数だ! 殿しんがりを固めろ!」

師山城兵の襲撃と聞いて留守政景は守りを固めさせた。しかし、突然の激しい攻撃に伊達兵は完全に浮足立っていた。守備隊形をとる間もなく、追い立てられるようにして後退した。ようやく態勢を整え、反撃に移ろうとした時には、大崎勢は雪の彼方へ姿を消していた。大崎勢の戦法は巧みであった。正面からの戦いは避け、負傷兵を抱えて行軍が遅れがちな後続部隊を狙って攻撃を仕掛けた。姿を消しては現われ、現れては又姿を消す。伊達勢の損害は徐々に広がっていった。


 小十郎は三千の兵と共に鳴瀬川なるせがわを渡った。背後では、火を放たれた桑折城が黒炎に包まれていた。小十郎は黒川晴氏の後を追って鳴瀬川沿いに北上を続けた。何時しか空模様は本格的な雪へと変わり、瞬く間に大崎平野は白銀の世界に変わった。

(――やはり、大雪になったな。史実通りだ。まもなく、泉田殿の軍勢が中新田城の攻略をあきらめて撤退を始めるであろう。いよいよ、我らの出番だ)

小十郎は空模様を眺めながら、正に自らが知る歴史通りに事が運んでいることを実感した。

 小十郎は行軍を続けながら黒川晴氏の動向を探った。斥候せっこうを出して位置を確かめ、不必要に接近することを避けた。相手にこちらの存在を知られたくなかったからである。黒川晴氏の軍勢までほぼ半里(2キロメートル)に迫っていたが、折からの大雪のせいも有って黒川勢は全く気付いていなかった。


 泉田重光率いる四千の伊達軍は、大雪に難渋なんじゅうしながら懸命に新沼城を目指していた。そして、中新田城を後にして半刻(一時間)が過ぎた頃だった。物見の兵が馬を飛ばして戻ってきた。ほんの五、六町(650メートル)先に敵勢が現れたという。

「馬印から見て、黒川晴氏らの軍勢に間違いありません! その数およそ二千五百!」

物見の兵は切迫した声で告げた。

「何? 黒川晴氏だと! チッ、やはり、寝返りは真であったか」

重光は忌々いまいましそうに唇を噛んだ。黒川晴氏は近年伊達氏にも大崎氏にも中立的な姿勢を示していたが、娘は伊達一門の留守政景の正室であった。その為、よもや大崎側に寝返ることはあるまいと踏んでいたのである。重光が途中にある桑折城を攻略せず、素通りして中新田城に向かったのはそのせいであった。こうなったら、何の気兼ねもなく打ち負かすまでだと重光は思った。

「裏切り者の晴氏を討ち取れ! 首を挙げて殿への土産にするのじゃ!」

重光は直ちに前方の敵に備えた。その時だった。自軍後方から馬のいななきと共に喚声が上がった。誰かが叫んでいた。

「て、敵だ! 大崎兵だ!」

「孝信らが我らを追ってきたのだ! 中新田城の兵だ!」

重光は自軍が完全に挟み撃ちに遭っていることを知ったのだった。


 小十郎の元へ、黒川晴氏の動向を見張っていた斥候が戻って来た。

「黒川勢は鳴瀬川を離れ、平原へと兵を移動させております」

斥候は重要な知らせをもたらした。

(晴氏奴、そこを決戦の場にするつもりだな。恐らく、泉田勢の背後からは南條孝信の大崎勢が迫っているに相違ない。挟み撃ちにされては泉田殿が危ない!)

小十郎は黒川勢との距離を一挙に縮めた。そして、黒川勢が視野に入って来た時、黒川勢は既に泉田重光率いる伊達軍と激しい戦闘状態に入っていた。又、懸念していた通り、泉田軍の背後を南條孝信の大崎兵が襲っていた。

 黒川軍は目の前の敵と降りしきる雪のせいで、背後から近づく小十郎の伊達軍にまだ気が付いていなかった。小十郎は長柄組ながえぐみ八百の兵に突撃を命じた。鉄砲が大雪で使えぬことを予め予期して、長柄の槍組を用意していたのだった。長柄はその名の通り、柄の長さが三間(5.4メートル)も有る槍である。鉄砲が使えぬ時は、戦場で極めて有効な武器であった。突然雪の幕から飛び出てきた新手の伊達軍に、黒川兵らはあわてふためいた。長柄の槍で叩きつけられ、突きまくられ、ぎ払われた。たちまち雪原は黒川兵の血で染まった。小十郎は敵陣の混乱ぶりを確かめると、騎馬武者百騎を突入させた。騎馬軍団は敵陣を深く切り裂いた。突然背後から急襲された黒川勢は、逆に自分たちが挟み撃ちを受けた形となり、総崩れになった。小十郎はここぞとばかりに全軍に突撃を命じた。


 一刻(二時間)後、勝敗は決した。片倉小十郎率いる新たな伊達軍の出現によって、黒川勢は総崩れとなり、黒川晴氏は南條孝信らの大崎勢と共に中新田城へと逃げ込んだ。又、留守政景の軍勢を追って執拗しつように追撃を続けてきた古川弾正らの師山城兵も、小十郎や重光らの軍勢に取り囲まれ、多くが命を失った。古川弾正も辛くも中新田城内に逃れたのだった。ここに、伊達軍の勝利は明らかとなった。

 伊達軍は中新田城を取り囲んだ。既に日は落ち、辺りは薄暗くなりかけていたが、雪はいつの間にか止んでいた。









 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る