戦国ドラゴン伊達政宗

山川 白雲

第1話 時空の彼方へ

 その日、青山耕平は「S市歴史民俗博物館」にいた。「春の特別企画 中世の刀剣・武具特別展」なる催しを見に行ったのである。地下一階の広い展示室には、室町期から戦国時代にかけての刀剣や武具類が年代順に陳列してあった。平日というせいもあって入館者はまばらである。お陰で一点一点じっくり見て回れて耕平にはありがたかった。耕平のお目当ては戦国時代の甲冑かっちゅうであった。僅か九点しかなかったのは少々物足りなかったが、それでも名だたる武将が使用した本物の甲冑に出会えた喜びは大きかった。機能性を重視した無駄のない実戦的なデザインの甲冑を、耕平は美しいと思った。現代のスティルス戦闘機やイージィス艦の機能美にどこか通じるものがあると感じていた。

(――やっぱ本物はカッコいいな。俺も一度着てみたい。似合うかな?)

 耕平は目の前の甲冑を身にまとって戦場に立つ自分の姿をチラッと想像し、口許をすこしゆるめた。

(ふ、ふっ、案外似合うかもな――)


 青山耕平は東北地方の小都市S市に住む高校二年生である。今は三年生に進級する直前の春休み期間中であった。自他ともに認める歴史好きで、周囲の者からはからかい半分で「戦国オタク」、「戦国マニア」などと呼ばれていた。実際、最も好きな時代分野が戦国時代だったので、自身そう呼ばれることに不満はなかった。新旧勢力が入り乱れて覇権を争う、この時代のダイナミズムが耕平は好きだった。そして、名だたる戦国武将の足跡を書物で調べたり、合戦絵巻を眺めたりしていると、いつしかそこに自分が入り込み、一緒に戦場を駆け巡っているような楽しさを覚えるのだった。かなり空想好きな、夢見がちな高校生と言えよう。しかし、耕平に関して特徴的なのはこの「戦国オタク」な点ぐらいで、他に他人と比べて目立つようなものは何ひとつなかった。学業成績は中の下だったし、体格も普通である。顔立ちも本人が思っているほどイケメンではない。スポーツはからっきしダメだったし、女の子にもてるという訳でもなかった。要するに、どこにでもいるごく普通の男子高校生といってよかった。


 耕平は会場内の全ての展示品をじっくり見て回れたので満足していた。多少の疲れを感じて携帯電話の時刻表示に目をやると、すでに一時間半が経過していた。

(もう、こんな時間か――)

 耕平は帰りのバス時刻を考えながら、そろそろ引き上げようかと出口の階段へと向かった。

 耕平が階段を二、三歩上りかけたその時だった。地の底から湧き上がるような地鳴りの音を聞いたと思った瞬間、強烈な揺れが耕平を襲った。耕平がこれまで経験したこともないような激しい揺れだった。頑丈な建物が不気味な音を立ててきしみ続けている。耕平は今にも天井が崩れ落ちてくるのではないかと恐怖にかられ、必死に手すりにつかまり、階段を上った。無我夢中で一階のフロアーにたどり着いた時にも、揺れはまだ収まっていなかった。非常灯以外の全ての明かりが消えていた。フロアーの薄暗さが耕平の気持ちを一層不安にした。フロアーのそこかしこに呆然とたたずむ人の姿が有った。耕平は急に家のことが心配になり、携帯電話で連絡を取ろうとしたが、何度かけなおしても通じなかった。母や妹、そして父親の顔が目に浮かんだ。無事を祈るしかなかった。耕平は途方に暮れて建物の出入り口付近に目をやった。大きなガラスドア越しに外の景色が見える。

(早くうちに帰らなきゃ……)

 気を取り直して、耕平は出口に向かった。その直後のことだった。耕平の目の前の景色が突然ぐにゃりとゆがんだ。と同時に、歪んだ空間の中心に光のうずのようなものが現れた。次の瞬間、耕平の全身はその渦の中へまるで気体のように吸い込まれて消えていった。しかし、耕平が吸い込まれた後は何事もなかったかの如く、直ぐに光の渦も消え、空間の歪みも元に戻っていた。この間わずか一、二秒の出来事だった。青山耕平は忽然こつぜんと姿を消した。時に平成23年(2011年)3月11日14時49分のことである。 


 この日、耕平の住む「S市」をはじめ東北地方を襲った巨大地震は、後日「東日本大震災」と呼ばれることになるのである。

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