第30話 顛末

 火星を舞台とした人身売買シンジケートによる一連の事件の顛末は、意外にもあっけないものとなった。


「ドーム・クリュセ」の港地区で出航の準備をしていた貨物船――ナタク・ウォンによって手配された宇宙船は、火星の捜査当局の強制捜査を受け、輸送コンテナの一つから人身売買の被害者たちが発見されることとなった。

 被害者の多くは「スペース・ハローワーク」の求職者で、火星で暮らす孤児たちも多く含まれていた。


 僕たちが入手した曖昧な証拠をもとに、火星の捜査当局が迅速に動いてくれたことは意外だったけれど、先に踏み込んだ僕とアリサに合流する形で、捜査当局の特殊部隊が貨物船に雪崩込んだ。強制捜査の最中、小規模な戦闘行為はあったものの、コンテナ内の被害者に死傷者は出ず、被害者全員の生存が無事確認された。


 しかし、ろくな食料も与えらず、身動きもまともにできない暗いコンテナの中に閉じ込められていたという精神的な疲労から、心神喪失者が多数――被害者が発見された時のコンテナの中の様子はまさに悲惨の一言だった。泣き叫び疲れ、糞尿を垂れ流した被害者たちの多くは、両手の爪が割れて血に塗れていた。中にはか自分の髪の毛を毟ったり、身体を引っ掻いたり――自殺を試みた者もいたという。

 

 コンテナの中はまさにこの世の地獄だったのだろう。


 そんなコンテナの中から一人ずつ被害者たちが救出されていく中、僕は一人の女性を見つけてようやく安堵することができた。やつれ果て、疲れ果て、絶望の淵に立たされていたはずのその女性は、それでも希望を失うことなく小さな子供たちの手を引いて微笑みを浮かべていた。

 そして、僕を見つけて笑った。


「もう大丈夫だよ。ヒーローが助けに来てくれたから」

 

 子供たちを励ますフラウ・ミソラの姿をこの瞳に焼き付けた瞬間――

 僕は、今回の事件の全てに後悔はないという確信を抱くことができた。

 

 それが、どのような結末を迎えたとしても。


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